帰宅して、2階の自分の部屋で机の前に座ってから、あたしは参考書を開けずにいた。
桜庭書房で、店長の芦田さんからもらった参考書。
世にも不思議な「ブラック時計」をつけて、何が見えるか実験して欲しいと言われて。
でも、あたしに見えたのは皮肉にも、「テストの答え」。
ブラック時計を着けてさえいれば、テストの答えが見えるのだったら、あたしは参考書を使わなくて良いということになる。
しかしそうすれば、せっかく参考書をくれた店長の好意を無駄にすることにもなる。
芦田さんは、ブラック時計の本当の効能を知りたいと思っている。
理由は知らないけど、いつもお店を訪れた際に見せる悲しそうな表情を見ていると、この時計の真相を伝えることが、彼女の心を少しでも軽くすることなのかもしれないとも感じるのだ。
ああ、もう、どうしよう!
テストまで、1週間。
開くべきか、開かざるべきか。
机の上に置いたデジタル時計が1分ずつ時を刻むごとに、あたしは焦る。
参考書。
芦田さんの顔。
種田の言葉。
時計。
黒い、年季の入った時計。
不思議な時計。
あたしの欲しい「答え」は一体、どこにあるんだろうか。
参考書を何度も開いては閉じ、これからのことを考える。
考え続ける。
1週間、悶々とした気分でテスト休みを過ごし、ついに2学期期末テスト当日。
朝から雨が降っていた。
低気圧に弱いのに、ついてない。
頭の奥で微かに感じる鈍痛に耐えながら、傘を差して学校までの道を急いだ。昨日、なんだかんだ遅くまで机に向かっていたせいで、いつもより起きるのが遅くなってしまった。
左腕にはめた『ブラック時計』を見て、驚愕。
まずい、あと10分しかない!
チャイムが鳴る前になんとか教室に滑り込みたい一心で、学校下の交差点で信号を待った。
早く。
早く変わって!
歩車分離の横断歩道の向こうで、すでに坂を登っている他の生徒たちを羨ましいと思いながら、傘を持ち上げて赤信号を凝視していた。
あれ……?
横断歩道、あたしとは対角線上で立ち止まっている女性を見て、あっと声を上げそうになった。
肩より少し長いくらいの黒髪に、線の細い身体。
身に纏う、儚げなオーラ。
両手に花を抱え、青信号になるのを待っている。
あれって、もしかして。
桜庭書房の店長、芦田さんじゃない?
二度、三度と瞬きをしてじっと見てみたが、間違いない。
桜庭書房はここからそう遠くないし、芦田店長がこの辺りに住んでいても全然不思議じゃない。
信号が青になった。
歩行者が一斉に歩き出す。あたしも置いていかれないように、大股で歩く。
横断歩道を渡り、いつも以上に儚げに揺れる彼女の足取りが、なぜだかその後も頭に焼き付いて離れなかった。
桜庭書房で、店長の芦田さんからもらった参考書。
世にも不思議な「ブラック時計」をつけて、何が見えるか実験して欲しいと言われて。
でも、あたしに見えたのは皮肉にも、「テストの答え」。
ブラック時計を着けてさえいれば、テストの答えが見えるのだったら、あたしは参考書を使わなくて良いということになる。
しかしそうすれば、せっかく参考書をくれた店長の好意を無駄にすることにもなる。
芦田さんは、ブラック時計の本当の効能を知りたいと思っている。
理由は知らないけど、いつもお店を訪れた際に見せる悲しそうな表情を見ていると、この時計の真相を伝えることが、彼女の心を少しでも軽くすることなのかもしれないとも感じるのだ。
ああ、もう、どうしよう!
テストまで、1週間。
開くべきか、開かざるべきか。
机の上に置いたデジタル時計が1分ずつ時を刻むごとに、あたしは焦る。
参考書。
芦田さんの顔。
種田の言葉。
時計。
黒い、年季の入った時計。
不思議な時計。
あたしの欲しい「答え」は一体、どこにあるんだろうか。
参考書を何度も開いては閉じ、これからのことを考える。
考え続ける。
1週間、悶々とした気分でテスト休みを過ごし、ついに2学期期末テスト当日。
朝から雨が降っていた。
低気圧に弱いのに、ついてない。
頭の奥で微かに感じる鈍痛に耐えながら、傘を差して学校までの道を急いだ。昨日、なんだかんだ遅くまで机に向かっていたせいで、いつもより起きるのが遅くなってしまった。
左腕にはめた『ブラック時計』を見て、驚愕。
まずい、あと10分しかない!
チャイムが鳴る前になんとか教室に滑り込みたい一心で、学校下の交差点で信号を待った。
早く。
早く変わって!
歩車分離の横断歩道の向こうで、すでに坂を登っている他の生徒たちを羨ましいと思いながら、傘を持ち上げて赤信号を凝視していた。
あれ……?
横断歩道、あたしとは対角線上で立ち止まっている女性を見て、あっと声を上げそうになった。
肩より少し長いくらいの黒髪に、線の細い身体。
身に纏う、儚げなオーラ。
両手に花を抱え、青信号になるのを待っている。
あれって、もしかして。
桜庭書房の店長、芦田さんじゃない?
二度、三度と瞬きをしてじっと見てみたが、間違いない。
桜庭書房はここからそう遠くないし、芦田店長がこの辺りに住んでいても全然不思議じゃない。
信号が青になった。
歩行者が一斉に歩き出す。あたしも置いていかれないように、大股で歩く。
横断歩道を渡り、いつも以上に儚げに揺れる彼女の足取りが、なぜだかその後も頭に焼き付いて離れなかった。