家に帰ってからも、学校でのことがずっと頭から離れなくて、夕飯の時間、母から「いやに大人しいのね」と不思議がられた。夜の12時に2階の部屋でベッドに横になってもなかなか眠れなかった。
 
好きな人の気持ち。
 
まさか、種田の口からそんな言葉が出てくるなんて、思ってもみなかったから。
あんなこと言われたら、考えちゃうじゃん。
テストの答えより、深い謎。明確な言葉を聞くまで、解けない謎。
分かんないよ。あたし、馬鹿だから。
目の前にもし、種田一樹がいたらあたしはそう伝えることができるだろうか?
きっと、無理なんだろうな。
テストの答えを知ることができる『ブラック時計』と、今日の放課後に種田と話したことが頭の中で入れ替わり立ち替わりフラッシュバックする。
眠れない夜にはちょうど良い。1階の寝室から、微かに両親のいびきが聞こえてくる。これほど静まり返った家の中で、あたしの頭の中の血液だけが勢いよく動き回っている。
 
そう、あたしはずっと答えを求め続けている。

 
翌朝、学校に行くといつものように種田が机に突っ伏しているのかと思いきや、頬杖をついて窓の方を見ていた。
雨がしとしとと降っている。今日は一日中雨だと聞いて、大きい傘を持ってきたのだ。種田のエナメルバッグには水滴が付いている。今さっき来たばかりなんだろう。
「おはよう」
昨日の晩、考えすぎて眠れなかったことなんておくびにも出したくなかった。
「……おはよ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、彼はあたしの方に振り返った。挨拶しないと意識してるみたいで嫌だと、顔に書いてある。
「あのさ」
「ん」
「あたし、べつに気にしてないから」
嘘だった。
気にしていないわけがない。
けれど、昨日の放課後のことで種田と普通に話せなくなる方が、もっと嫌だったんだ。
「分かった。俺も、忘れるわ」
忘れる。
その言葉を聞くと、ちょっと寂しいと思うのはなんでだろう。
「里穂、おはよ!」
教室の前方から友達の花鈴と真由が手を振っている。彼女たちは、あたしが種田と話していようがいつもお構いなしだ。その遠慮のなさが、今回ばかりはありがたかった。
あたしが彼女たちに挨拶を返したところで、種田は「これ以上はもう何も言うまい」と口をつぐんだ。
ああ。
どうしていつも、こうなんだろう。
勉強だって頑張りたいけど、華の女子高生としての特権だって、ちゃんと味わいたいのに。勉強も誰かの気持ちも、分からないことばかりだ。
教室の窓の外。
一層強く激しく降る雨が、いっこうに止みそうにない。