右目の端から左目の端。
次々と車が通り過ぎてゆく。横断歩道の手前で青信号を待つ芦田恵実は、腕に買い物バッグをぶら下げて、視界の中で移動する車をぼうっと見つめていた。バッグの中身の食材は、一回の買い物にしてはとても軽い。以前より買い物の量が減ったからだ。
一ヶ月前のことだ。
夫の昴が家に帰ってこなかった。
帰ってこないだけの日なら今までも多々あった。仕事が終わらなくて帰ってこないことがしばしばあった彼がたった、一日家に戻らないといって、慌てるような妻ではない。
またいつものように、きっと仕事だわ。
PR会社で働く彼の場合、帰宅しないのには真っ当な理由がある。少なくとも恵実は夫が「仕事で遅くなる」という場合には決して怒らないようにしていた。それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、夫には自由でいてほしいという、ささやかな妻の願いがあった。
でも、そんな彼女の願いがバッサリと裏切られた。
ほんの一ヶ月前。
夫は、車に乗っているときに交通事故に遭い、還らぬ人となった。
それだけでも十分。恵実の心を砕くのには十分すぎた、のに。
「同乗していた女性もお亡くなりになりました」
警察の人から言われた言葉が、恵実にさらに衝撃を与えたのは言うまでもない。
右目の端から左目の端。
通り過ぎる車を見ながら、願った。
どこかで彼が、生きてくれればいいのに——。