◇◇◇

――お休みの日なのにごめんね。しかも、まだ慣れてないところに……。
――大丈夫です! 任せてください。私も少しでも早くココの事覚えたいし。
――うん……例のごとく来館者はいないと思うんだけど。なるべく早く戻るよ。

 朝の珍しい電話の主は、本を寄贈したいと前から連絡をくれていた人だった。引き渡しの約束日をどうしても今日に変更してほしい、という連絡。何やら他にも話があるらしく、急遽成瀬さんが取りに行くことになった。
 私はその間、図書館のお留守番役を。臨時休館にすると言う成瀬さんに私が自ら買って出たのだ。
「それにしても……こうしてると私、図書館の人! って感じだよね」
 蔵書リスト片手に本棚を調べて歩いてる最中、私は自己満足な独り言を零す。誰かに聞かれたら苦笑されそうな言葉でも、成瀬さんの言った通り来館者はいないので問題無し、だ。
 大きな窓から降り注ぐ太陽の日差しは、少しずつ季節の変化を伝えている。柔らかな光から力強い光へ。深まる緑、風に揺れる木々の葉――初夏はもうそこ。
 自分の肩で光が跳ねるのを感じながら、私は本棚の間を歩き、お祖父ちゃんの不器用な字を追いかけつつ古い本を何冊も探していた。
 リストから気になるタイトルを拾い、その本を見つけ出す。
 この作業は、来館者からの検索依頼を想定したシュミレーションだ。ちょっとしたゲーム感覚でもあり、今日の私はずっとこんな事を繰り返していた。
「そういえば……」
 本棚の横に置かれている椅子に座ってリストを見ていて、ふと思い出した。
 昨日の出来事。眠れなかった原因について、私は成瀬さんに聞く事がまだ出来ずにいる。どう聞いていいのか躊躇しているのもあった。
 だって、いきなり「ずぶ濡れの女性の幽霊見たんですけど! 成瀬さんは?」って……聞けるか?
 第一、幽霊が見えるって告白して、良いことなんかなかったし。
 この図書館にそういう噂があるのは成瀬さんだってもちろん知っている。来館者が少ないのも噂が少なからず影響しているのは明白だ。そこに、私がそんな事を言い始めたら彼はどう思うのだろう。やっぱりあまりいい気分はしないかもしれない。
 成瀬さんが幽霊の噂について一切口にしないから、余計に聞けない部分もあった。思えば雅さんもその件に関しては何も言わない。もしかしてココではその噂が禁句とか?
 だとしたら、なおのこと聞ける訳ない。
「《ヴァッサーゴの隻眼》か……。でも、それらしいの無いんだよね」
 ブツブツ一人こぼしながら、リストをめくった。
 何度見ても一階のリストにはそんな名前の本は載っていなかった。となると、考えられるのは二階。洋書だ。
 私は洋書リストをもって二階に上がる事にした。幽霊が探す本が一体どんなものなのか、なんだかすごく気になるのだ……。