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「陽菜さん? どうしたの、こんな夜中に」
 キッチンが明るかったので「もしかして……」と思ったけど、やっぱり。
 夜中のキッチンに現れた私に、パジャマ姿の私と違ってまだ私服のままの成瀬さんが驚き顔で振り向く。
 薄暗い廊下を歩いてきた私には、成瀬さんの真っ白なシャツはキッチンの明るさよりも眩しかった。思わず数回、大袈裟なまばたきをしてしまう。
「いやあ……ちょっと眠れなくて」
「初めてじゃない? こんな事」
「あ、そ……そうですね」
 夜中にキッチンで鉢合わせ。確かにこんな事は初めてだ。そして、これは一つ屋根の下に暮らしてるからこそのシチュエーションなのだと気付き、私は急に恥ずかしくなった。
 成瀬さんは私がここに来る前から、お祖父ちゃんとこの屋敷に住んでいた。住み込みで司書をしていた彼は、祖父の仕事や身の回りの手伝いなんかもしていたらしい。
 司書兼秘書。成瀬さんの肩書はそんな所だ。
 ついでに言うと、昼間は家政婦の(みやび)さんが屋敷内を管理してくれてる。成瀬さんに負けず劣らずの、整った顔を持つ敏腕家政婦さん。
 彼女は住み込みではないのかいつの間にか姿を消すので、夜はこうして成瀬さんと私……広い屋敷に二人きりになる。
「成瀬さんは? その格好……もしかしてまだ仕事してたとか?」
「急遽片付けなきゃならない仕事が出来てね」
「こんな夜中まで!? 働き過ぎですよ、ちゃんと休んでください!」
「はいはい、館長。仰せの通りに。でも今は、眠れない陽菜さんに付き合いたいな。駄目?」
「それは……。駄目じゃない、ですけど」
「良かった」
 成瀬さんは頷いて、二つのカップにお茶を淹れてくれた。カフェインレスなハーブティーから落ち着く香り。この人は本当に……何から何まで親切で優しい人だ――。