「文化会館まで三十分弱かな。……陽菜さん? さっきからどうしたの、僕の顔に何かついてる?」
運転する成瀬さんの横顔をチラチラ盗み見していたら、バレていたらしくそう言われた。
「いえ! な、なにも……」
慌てて顔を逸らす。けれど、こちらの気持ちは全部お見通しだったのか、クスリと笑われてしまった。
「演奏会、楽しみですね。楽団のホームページ見たら、聞いたことある曲名が何個かあって」
「そうだね。名前を知らなくても聞けば『あっ』と思う曲も何曲かあるはずだよ」
「わ、余計に楽しみになってきた」
車内で二人きりはやっぱり緊張する。距離感は慣れていても、なんだろう男の人の運転する姿って何でこんなにドキドキするの? それとも成瀬さんだから格好よく見えるのか? シフトレバーを握る手が妙に色っぽいの狡くない?
信号で止まる度に成瀬さんの視線を感じて、更に緊張した。
ドキドキを誤魔化す為に必死に話題を探す。いつもより饒舌になっているのを自覚していた。
「そうだ! 成瀬さん、うちでも演奏会しません?」
「うちでもって……図書館で?」
「はい。小さな演奏会。記念すべき第一回目は神宮さんにお願いしましょうよ。なにせうちの図書館は雰囲気抜群ですからね。ヴァイオリンのミニコンサートとか素敵!」
「面白い企画だね。成功したら、不気味な噂も少しは解消されるかな?」
クスクス笑う成瀬さん。真っ直ぐ前を見つめる瞳が柔らかく細まる。
「やっぱり噂……ちょっと気になってました?」
「いいや。僕はただ、あの場所が好きだから。一人でも多く好きになってくれたら嬉しいなって思うだけ」
窓の外を見れば、丘の上に建つ二つの洋館が見えた。
私達が帰る場所と、誰かの寄る辺。
大事なものを教えてくれる、失くしたものを見つけてくれる、《ヴァッサーゴの隻眼》が在るところ。
「私も大好きな場所です。みんなで、守っていきましょうね」
「そうだね――みんなで」
私の言葉に成瀬さんは微笑み、そして、優しく穏やかな声で言った。
「陽菜さんがいてくれたら、きっと大丈夫だ」
END