――どうか辛い記憶に優しさが潰されませんように。柔らかな記憶を思い出して。わたしたちはここにいるよ。

 豊香さんの声が聞こえた気がした。
「銀河鉄道の夜にも、ドヴォルザークの『新世界より』が登場します。賢治はこの曲に歌詞をつけていた。『種山ヶ原』という詞です。けれどもそれは家へ帰るという解釈とは全く違って、自然の素晴らしさを謳歌する内容なんですよ。雪解けの四月、優しく力強い風を感じる――僕は賢治の解釈の方が心にしっくりきて、好きです」
 膝の上で拳をギュッと握りしめていたら、そこに成瀬さんの手が重なった。
 マサシさんの大きな手が私の頭の上でぽんぽんと軽く弾む。
 私はまた泣いていた。堪えたかったけれど、出来ずに涙が溢れ出てくる。辛いとか悲しいとか、そういったものからくる涙じゃない……何なんだろうこの涙に混ざる感情は――。
「あの、自分は住職みたいに立派な説法出来るような人間じゃないんですけど」
 しばらく黙っていたマサシさんが口を開いた。
「納骨ってあくまでも形式だと思うんですよ。確かに宗教的には意味がちゃんとあるけど、人の心ってそんな簡単に区切りつけられるものではないですし……。落ち着くまで一緒に過ごされる方、沢山いらっしゃいます。一周忌に……ってご家族もいました。住職はいつも俺に教えてくれるんです。大事なのは寄り添う心だって。だから、神宮さんの思うままに――それが一番なんです。みんな、それを願ってます」
 スッと心に染み入る素敵な言葉だった。静かに語るマサシさんはライダーでロックな姿でも、一人の立派な僧侶だと思う。
「ありが、とう……ありがとうございます……私は、本当は……本当はまだ――」
 神宮さんは嗚咽を漏らしながら、写真と本を抱きしめて。
「豊香。豊香……!」
 泣きながら娘の名前を何度も何度も呼んでいた――。