――秘密。
目を潤ませ二人を見つめる神宮さん。それに気付いた成瀬さんの口角が、微かに上がった。マサシさんのリュックから一冊の文庫本を取り出すとテーブルヘ。「は? お前、いつの間に」とマサシさんが目を丸くした。
色褪せた表紙の角は少しだけ破れていて、長い年月、何度も読み返されてきたことを語っている。
タイトルは――銀河鉄道の夜。
言わずと知れた、宮沢賢治の代表作の一つだ。
「成瀬さん、これは?」
「預かった本の中に入っていたんだ。――神宮さん、これはあなたが持っているべきだと思います」
「私が?……なぜ」
神宮さんは不思議そうな顔で本を開いた。本には栞のようなものが挟まれていて、迷い無くページが開かれる。
神宮さんの表情が一転した。驚き、そして浮かぶ涙。ああ……と呟きが漏れる。
「こんな、ところに……」
私とマサシさんは顔を見合わせて、それから成瀬さんを見た。
「それは奥様が一番大事にされていた本なのだと思います。大好きな本に栞がわりの写真……ここには大事なメッセージがある」
「リビングに飾ろうと思って探していたんだ。数少ない家族写真の内の一枚だったから……でも見当たらなくてね。はは、こんなところに……見つけられないはずだよ」
声を震わせる神宮さんは、私達に写真を見せてくれた。
玄関前で撮られた写真。奥さんと幼い豊香さんが並び、表札を挟んで神宮さんが立っていた。
表札の下には『じんぐう音楽教室』のプレート――私がさっき玄関で見た、あのプレートだ。教室を開いた記念にみんなで撮ったものなのかな? 晴れの日の笑顔、とても幸せそうで素敵な家族写真だった。
「銀河鉄道の夜は、《ほんとうのさいわい》とは一体何か、というテーマを描いています。生と死についても深く考えさせられる描写が多い。賢治の代表作でありながら未完で、多くの造語も使われているので様々な解釈や考察がされている――。僕は一冊を何度も繰り返し読んでいます――奥様も大事に読まれていたんですね。古いけれど状態がとても良い」
「…………。入院している時も大量に本を持ち込んでいてね。消灯時間を過ぎても読んでいるものだから、よく看護師に注意されてたな」
本を愛おしそうに撫で、神宮さんは目を細めた。
目を潤ませ二人を見つめる神宮さん。それに気付いた成瀬さんの口角が、微かに上がった。マサシさんのリュックから一冊の文庫本を取り出すとテーブルヘ。「は? お前、いつの間に」とマサシさんが目を丸くした。
色褪せた表紙の角は少しだけ破れていて、長い年月、何度も読み返されてきたことを語っている。
タイトルは――銀河鉄道の夜。
言わずと知れた、宮沢賢治の代表作の一つだ。
「成瀬さん、これは?」
「預かった本の中に入っていたんだ。――神宮さん、これはあなたが持っているべきだと思います」
「私が?……なぜ」
神宮さんは不思議そうな顔で本を開いた。本には栞のようなものが挟まれていて、迷い無くページが開かれる。
神宮さんの表情が一転した。驚き、そして浮かぶ涙。ああ……と呟きが漏れる。
「こんな、ところに……」
私とマサシさんは顔を見合わせて、それから成瀬さんを見た。
「それは奥様が一番大事にされていた本なのだと思います。大好きな本に栞がわりの写真……ここには大事なメッセージがある」
「リビングに飾ろうと思って探していたんだ。数少ない家族写真の内の一枚だったから……でも見当たらなくてね。はは、こんなところに……見つけられないはずだよ」
声を震わせる神宮さんは、私達に写真を見せてくれた。
玄関前で撮られた写真。奥さんと幼い豊香さんが並び、表札を挟んで神宮さんが立っていた。
表札の下には『じんぐう音楽教室』のプレート――私がさっき玄関で見た、あのプレートだ。教室を開いた記念にみんなで撮ったものなのかな? 晴れの日の笑顔、とても幸せそうで素敵な家族写真だった。
「銀河鉄道の夜は、《ほんとうのさいわい》とは一体何か、というテーマを描いています。生と死についても深く考えさせられる描写が多い。賢治の代表作でありながら未完で、多くの造語も使われているので様々な解釈や考察がされている――。僕は一冊を何度も繰り返し読んでいます――奥様も大事に読まれていたんですね。古いけれど状態がとても良い」
「…………。入院している時も大量に本を持ち込んでいてね。消灯時間を過ぎても読んでいるものだから、よく看護師に注意されてたな」
本を愛おしそうに撫で、神宮さんは目を細めた。