――ところが。
 諸々が落ち着き、遺品整理をしていた時。豊香さんのオレンジ色のケースの中に、《入っているはずのない自分のヴァイオリン》を発見した神宮さん。その時ようやく、あの日、豊香さんがヴァイオリンを入れ替えて外出していたことを知った。
「なぜあの日に限って、わざわざ重いケースで出かけたのか分からないが……。てっきり私のもの(・・・・)を持っていったと思っていたんだ。それから慌ててあちこち探してみたものの、日が経ってしまったせいで手がかりも掴めずでね……」
「他人の手へ渡る前に見つかって、良かったです」
「いや、成瀬君。それにしたって、失くしたヴァイオリンがリサイクルショップに売られていたなんて、よく――」
「……。僕はただ、探し物を頼まれただけなので」
 それ以上は言わずに、成瀬さんは微笑んだ。
 神宮さんはハッとした表情で「文雄さんが言っていたのは、もしかして……」と言いかけ、けれど、小さく首を振り溜息を吐いた。
「あれこれ詮索するのはやめよう。ヴァイオリンはこうして戻ってきた。それだけで十分だ」
「いえ、まだ」
 成瀬さんが続ける。
「伝言をお伝えしていません」
「伝言……?」
「えぇ」

『ヴァイオリンは続けて欲しい。私はお父さんの弾いている姿と音が、とても好きだから。やめてしまわないで。また会える日まで、私達家族の大切な場所を――守っていてね』

 成瀬さんの優しい声が言葉を紡ぐ。
 私たちはそこに――豊香さんの伝言に、確かにやわらかな影を感じて、呆然と成瀬さんを見つめた。

『それから、やっぱり本は読んだ方がいいよ。お母さんも絶対そう言うからね』

「僕が預かった伝言は以上です」
 カチリ、とコーヒーカップが音を立てる。優雅にコーヒーカップを傾ける成瀬さんの表情は横髪に隠れていた――。
「祥一朗お前、そんなこと聞いてたのか!?」
「豊香さんの秘密って、その伝言だったんですかっ」
 私とマサシさんの声が重なる。成瀬さんはちょっとだけ首を傾げた。
「あ。秘密はそっちじゃなくて――」
「もったいぶってどうすんだよ。……まさか忘れたんじゃねぇだろうな」
「忘れてないよ。マサシじゃあるまいし」
「……」