「飾っていくうちに、どんどん増えてしまってね」
 カチャカチャと食器の音、コーヒーのいい香りが部屋に入ってくる。
 私とマサシさんは急いで席についた。勝手にあれこれ見ていたのは、失礼だったかな……?
「素敵な写真がたくさんですね。羨ましいです」
「アルバムを見ていると、ついアレもコレもとなって、気が付いたらこの状態で」
「あ、分かります!」
 マサシさんが前のめりになった。
「カメラ屋とか行くと、良いフォトフレームないか自然と探しちゃいますよね。キレイ&可愛い系見つけるとテンション上がっちゃいます」
――そういうものなのか? ていうかマサシさん……最後の一言みやびさんになってない?
 神宮さんはニッコリと微笑み、「ええ。楽しいものです」と呟いた。
「楽しく飾った分、虚しさや寂しさも感じる時があるけれど……」
 シュガーポットやミルク、ソーサーを持つ神宮さんの左手が、小刻みに震えている。
 話しぶりから、奥さんも鬼籍の人なんだな……と思った。娘も失ってしまい、神宮さんはこの広い家に一人きりで住んでいるんだ――。
「すまないね。二年前に脳梗塞で……。リハビリも兼ねて、なるべく左を使うようにしているんだよ。こぼれてしまったら淹れ直すから。やっぱりハラハラするかい?」
「えっ!? あ、いえ! そういうんじゃないです! ごめんなさい」
 波打つコーヒーをぼんやりと見つめていたら、勘違いさせてしまった。
「あの。神宮さんが、本をいっぱい寄贈してくれたのは嬉しいです。でもそれ、引っ越ししちゃうからっていう理由じゃないですよね?」
「陽菜さん……」
「ああ……。いや」
 神宮さんと成瀬さん、二人とも驚いた顔に。神宮さんは肩を竦めた。
「ハハ……。まさか、成瀬君と同じ事を言われるとはなぁ」
「え。成瀬さんも?」
「書斎が妙にスッキリしていたから気になって。神宮さん、僕が確認する前に全部の本をダンボールに詰めていたんだよ」
「あれは、ほとんど妻が集めたもので……。私は滅多に本を読まないし、引っ越すならばワンルーム、と思っていたからね。それなら全部まとめて寄贈するのが一番だと」
「へぇ~。俺、芸術家って本ばっかり読んでると思ってた――」
 マサシさんの呟きに、すかさず成瀬さんが肘鉄を。ぅぐっ! とマサシさんがお腹を押さえ呻く。
「すみません。修行不足で失礼なことを」
 溜息の成瀬さん。神宮さんはクスクス笑った。
「いや。妻と娘にもいつも呆れられていたよ」
 三人と過ごした日を思い出しているのだろう、楽しそうに笑う神宮さんの背後に、写真に映る奥さんと豊香さんの姿が見える。
『帰りたい』と言っていたけれど、最期は帰れなくてもいいと儚く消えていった豊香さんが、戻って来た気がした――。