『ヴァッサーゴの隻眼』
豊香さんが無発声で言った。
『お願い』
「!……そうか、君は……!」
前髪に隠れた目が驚きに見開かれたのを感じる。
――またちょっとだけ、私の心は冷えた。
「え? 何か言ってんの?」と、クエスチョンマークを頭に乗っけるマサシさん。
ああ。糸も、豊香さんが成瀬さんに言った言葉も、マサシさんには見えず聞こえずなのか。いいな。中途半端に二人のやり取り見るよりそっちの方がずっといいよ。
「――うん。君の望むままに」
青みがかった黒い瞳が柔らかく光る。成瀬さんの言葉に頷く彼女。
いやだ。ホントなにこれ。胸がヒリヒリするんだけど。いつまで二人は透明の糸で繋がってるの?
糸切りばさみがあったら迷わず切りそうな自分がいて、少し怖かった。
糸が赤色じゃないことにホッとしてる私がいた――。
『館長さん』
豊香さんの声が直接脳に響いてきて私は慌てた。考えていたことが彼女には筒抜けだったのか、と。
『ありがとう』
でも違っていたようだ。彼女は私に笑う。逆光でよく分からないけれど、きっと笑っている。
『怖がらせちゃってごめんね』
本当ですよ。ドロドロの豊香さん、悪霊みたいで怖かったです。
『元に戻れてよかった』
頭の中で彼女が『ふふっ』と笑うものだから、私も同じように笑ってしまう。すると横で成瀬さん達が首を傾げた。
「陽菜さん? どうしたの?」
「あ? なんだよ、今度はなんだっ」
二人には聞こえていない、女同士の会話。
私も現金なもので、成瀬さんと豊香さんが通じ合っていた時あんなに疎外感を感じていた癖に(もしかして嫉妬?)今は少しの優越感を。
豊香さん――もう行っちゃうの?
影が薄くなり、ついに点描画になった彼女。点は次々にオレンジの夕日に消えていく。ええ、と豊香さんは寂しそうに呟いた。
「――家には……帰れないんですか……どうしても……?」
「……陽菜」
口にした時には、豊香さんの姿はもうなかった。
私の頭の中に言葉を残して、彼女は遠くへ行ってしまった。
『いいの。私の想いは、ヴァッサーゴの隻眼が届けてくれるから――』
「大丈夫?」
柔らかな掌が私の頬を包み込んでくる。気が付けばまた私は涙をポロポロ落としていて、成瀬さんがそれを受け止めてくれて。
「豊香さん……が、」
「うん」
青みがかった黒い瞳は、私だけを見つめている。優しく。柔らかに。これまでのようにすぐ近くで。
いま成瀬さんの目に映っているのは私――。
「成瀬さんが……届けてくれるって」
「うん。大丈夫。だから泣かないで」
成瀬さんは微笑んで、そして、私を抱きしめ言った。
「秘密を教えてもらったんだ。一緒に、彼女の想いを届けに行こう」
豊香さんが無発声で言った。
『お願い』
「!……そうか、君は……!」
前髪に隠れた目が驚きに見開かれたのを感じる。
――またちょっとだけ、私の心は冷えた。
「え? 何か言ってんの?」と、クエスチョンマークを頭に乗っけるマサシさん。
ああ。糸も、豊香さんが成瀬さんに言った言葉も、マサシさんには見えず聞こえずなのか。いいな。中途半端に二人のやり取り見るよりそっちの方がずっといいよ。
「――うん。君の望むままに」
青みがかった黒い瞳が柔らかく光る。成瀬さんの言葉に頷く彼女。
いやだ。ホントなにこれ。胸がヒリヒリするんだけど。いつまで二人は透明の糸で繋がってるの?
糸切りばさみがあったら迷わず切りそうな自分がいて、少し怖かった。
糸が赤色じゃないことにホッとしてる私がいた――。
『館長さん』
豊香さんの声が直接脳に響いてきて私は慌てた。考えていたことが彼女には筒抜けだったのか、と。
『ありがとう』
でも違っていたようだ。彼女は私に笑う。逆光でよく分からないけれど、きっと笑っている。
『怖がらせちゃってごめんね』
本当ですよ。ドロドロの豊香さん、悪霊みたいで怖かったです。
『元に戻れてよかった』
頭の中で彼女が『ふふっ』と笑うものだから、私も同じように笑ってしまう。すると横で成瀬さん達が首を傾げた。
「陽菜さん? どうしたの?」
「あ? なんだよ、今度はなんだっ」
二人には聞こえていない、女同士の会話。
私も現金なもので、成瀬さんと豊香さんが通じ合っていた時あんなに疎外感を感じていた癖に(もしかして嫉妬?)今は少しの優越感を。
豊香さん――もう行っちゃうの?
影が薄くなり、ついに点描画になった彼女。点は次々にオレンジの夕日に消えていく。ええ、と豊香さんは寂しそうに呟いた。
「――家には……帰れないんですか……どうしても……?」
「……陽菜」
口にした時には、豊香さんの姿はもうなかった。
私の頭の中に言葉を残して、彼女は遠くへ行ってしまった。
『いいの。私の想いは、ヴァッサーゴの隻眼が届けてくれるから――』
「大丈夫?」
柔らかな掌が私の頬を包み込んでくる。気が付けばまた私は涙をポロポロ落としていて、成瀬さんがそれを受け止めてくれて。
「豊香さん……が、」
「うん」
青みがかった黒い瞳は、私だけを見つめている。優しく。柔らかに。これまでのようにすぐ近くで。
いま成瀬さんの目に映っているのは私――。
「成瀬さんが……届けてくれるって」
「うん。大丈夫。だから泣かないで」
成瀬さんは微笑んで、そして、私を抱きしめ言った。
「秘密を教えてもらったんだ。一緒に、彼女の想いを届けに行こう」