ヴァイオリンは司書カウンターの上に置いた。
 自分達がいると豊香さんが出て来づらいんじゃないか……というマサシさんの意見で、私達はカウンターをうかがう事が出来る本棚の影に隠れることに。
「幽霊が怖いからだろ」
「ち、違う!」
「……豊香さん、いつ来るのかなぁ」
 本の隙間からカウンターを覗く私。成瀬さんが耳元で「ああ、それは」と呟いた。
「遠き山に日は落ちて。きっと夕方のチャイムに合わせてだろうね」
「てことは……五時か。もう少しですね」
「時間分かってたなら最初に言えよ……。あんなに焦ってたのアホじゃねーか」
 と、成瀬さんの向こう側でマサシさんがブツブツ言う。でもすぐに開き直り?
「その曲、ガキの頃キャンプファイヤーで必ず歌ったよな」と笑った。
 私も林間学校で大きな火を囲み歌った。静かなメロディーと舞う火の粉。なんか妙にしんみりして、みんなの歌う声も小さくなって。体育の先生の声だけが広場に響いたっけ。
 私とマサシさんの間で成瀬さんは「そうなんだ……」と目を細める。マサシさんが言うには、彼はほとんどの学校行事に参加したことがないそうだ。そんな時はこの図書館で一人……いや、お祖父ちゃんと過ごしていたのかな?
 雨はすっかりやんで晴れた。夕方の優しい光が入り、フロアーにくっきりと明暗が出来る。
 豊香さんのヴァイオリンを光が包み込んでいるのを見つめていると、唐突に耳の奥で「ぽたり」と水音が響いた。
「……来た」
 一点に集中する暗さ。濡れた土と空気の匂いがこちらへ近付いて来る。気付けば全身が緊張で固くなっていた。
「陽菜さん」
 成瀬さんが耳元で囁く。
「豊香さんの姿が変わっていくよ」
――変わって……?  恐る恐る隙間から彼女を見た。