「……」
 彼の過去に何があったか分からないけれど、お祖父ちゃんが、ただの興味心から成瀬さんをここに連れてきたとは思えなかった。
 時が止まったようなこの図書館と洋館は、誰にも壊せない美しい世界だ。住んで間もない私が、まるで産まれる前からここにいた様な気持ちになれるほど居心地のいい場所。成瀬さんだって感じているに違いない。私はそう思う。お祖父ちゃんが残した世界は、きっと特別なんだ――。
「文雄さんは、僕の眼が欲しかったのだろうか……」
 ふと、成瀬さんが呟いた。
「え?」
「いや……なんでもない」
 パチン! とキーが鳴った。
 送信完了、と小声で成瀬さん。今度は部屋全体に声を響かせる。
「もうそろそろ出て来たら? あと、今リスト送ったから」
「霊は……もういないんだろうな」
「いい加減慣れなよ。寺の息子のくせに」
「寺だろうが何だろうが、おっかねーもんはおっかねーんだよ!」
 階段から男の人の大声が聞こえた。その人はドカドカと乱暴な足音を立てこちらへやって来る。やたらと響くな……と思ったら、ブーツだ。ごついブーツのせい。
「つーか、この量なんだ! 十軒!? 隣の市まであるじゃねーか」
「僕よりフットワークが軽いんだから余裕だろ。それに、お前の勘が鋭ければ一軒目でヒットするんじゃないか?」
「ウッ……」
 男の人は成瀬さんの言葉に唸った。
 寺の息子らしいけど、金髪のツンツン頭。キリッとした眉に三白眼。木魚を叩くよりドラムを叩いていそうで、説法するよりラップでも始めそう。フットワークが軽い……なるほど、バイクに乗っているのか。服装から想像出来た。私のお坊さん像とは真逆な人だ。
「陽菜ちゃん、よく平気だよね。幽霊怖くないの?」
「え!?」
 急に名前を呼ばれてビックリした。私の名前知ってるの?
「結構……慣れているので……。でも、今日のはちょっと怖かったかも……」
「ホラ見ろ、祥一朗! お前、陽菜ちゃんを巻き込んで罪悪感は無いのか!」
――声が大きい人だなぁ。
 でも、澄んでよく通る声なので耳障りではない。その声で読経すれば、霊も喜んで成仏するんじゃないか? なんて思う。
「罪悪感はあるよ。だから、陽菜さんは僕が守る」
「ッ!」
「!?」
 私達は同時に成瀬さんを見た。こちらの勢いに成瀬さんが首を傾げる。
「お前! そういうとこだぞ! この天然タラシが!」
「え、何、急に……」
 そういうとこだぞ!  心の中でお坊さんに続く。
 こともなげに、世の男性が躊躇うことをサラッと言うのだ。このお方は。
「時間がもったいないな。マサシ、早く行きなよ。お前の勘と運の無さは人一倍だろう」
「くうぅ〜! それが人に物を頼む態度かよ」
 手払いされた『マサシ』さんは頭を掻きむしった。