「彼女は違う。ヴァッサーゴの隻眼は、僕だ」
「!?」
――なんて……言った?  今、《ヴァッサーゴの隻眼》って……。
 彼の口から出てきた衝撃的な言葉に困惑したのは私だけじゃなかったようだ。
 固まった空気の中で、女性の髪から滴り落ちる水の音がいやに響く。
「どういうこと……」
 白いシャツを引っ張ると、成瀬さんは私をチラッと見て軽く頷いた。長い前髪の隙間からのぞく瞳の色が、陽の光で弱く光った気がした。
「……失くしたものを、探してくれる……と聞きました……」
 ボソボソと女性が喋り始める。
「探してください……。でも、なにを失くしたか……思い出せないんです……」
 自分で自分を抱きしめ俯く彼女は、ようやく寒いという感覚を取り戻した様だ。そしてその寒さは、こことは全く違う場所から感じているらしく、吐く息が真っ白で。彼女が亡くなった場所はひどく寒かったのだろうか。 濡れた床から冷気が伝わってきた。
「君は、神宮(じんぐう)氏の娘さんだね。神宮 豊香(とよか)さん」
「じんぐう、とよか」
「えっ、は? 成瀬さん、知ってる人なんですか!?」
「あぁ。……みて分かった」
 成瀬さんの言葉に、豊香さんの、人形のボタン目の様な真っ黒の瞳に変化が現れた。
――深淵に一筋の光が差し込む。
「……そうです。わたし……豊香、神宮豊香」
 俯いていた顔が上向き、彼女は成瀬さんを真っ直ぐ見つめた。そして、恐る恐る言う。
「教えてください……。私が、探しているもの」
「……」
「私が、失くしたものを」
 震える声で続ける豊香さんに私は驚いた。
 教えてほしいのは、自分の名前だけじゃないんだ!? 彼女が本当に見つけたいもの。それは一体……。