「陽菜!」
 成瀬さんの声が聞こえた。
 腕を強く引っ張られる。その勢いで体は後ろへ飛ぶように動き、一瞬で寒さと暗闇から抜け出せた。
「いっ……た」
 勢い余って尻もちを。尾てい骨に痛みが走る。でも死ぬより断然いい。
 私を囲いそこねた女性は「どこ……?」と低く呟いた。気怠そうに濡れた体を左右に揺らしてから、腕をだらんとさせたまま首から起き上がっていく。
 まるで操り人形の様な動きだ。人とは思えなかった。
「陽菜さん、ごめん大丈夫?」
「後ろっ!」
 成瀬さんの肩越しに泥だらけの手が見え、私は叫ぶ。彼は素早く私を庇いながら振り向き、
「待て! 彼女は司書じゃない」
 平手打ちをしたかの様な強い声で女性を制した。
 爪の剥がれた人差し指がピタリと止まる――成瀬さんの前髪に触れる寸前で。成瀬さんは、ほうっと息を吐いてから、静かに言った。