「えっ……。…………そうだったのか!?」

そういや性別聞いてなかったな。
ドラゴンって言われて、てっきりオスかと思ってたけど、そりゃメスのドラゴンだっているよなぁ!?

ニディアの叫びに、やっと俺の腕の中でうとうとしだしたリーバがぴーぴー泣き出す。
よしよし、ごめんな。起こしちゃったな。
俺が慌ててあやしていると、ニディアがじりっと距離を詰める。

「ま、待て待て、これは完全に俺のミスだ。謝る。本当に失礼な事をした。ごめんなさい」

しかし、ニディアはなおもじりじりと距離を詰めてくる。
リーバだけでも逃した方がいいか……!?

けれど、ニディアの次の言葉は意外なものだった。
「反省するなら、責任を取れ!!」

「……責任!?」
俺に何の責任があるって言うんだ……?
……あ、ドレスをもう一着作れってことか。
納得したところに、もう一つ驚きの発言が来る。

「ボクと結婚しろ!」
「結婚!?」
思わず繰り返した言葉に、シェルカが反応する。
「だっ……ダメェェェェ。ヨーヘーは、シェルカと結婚するのーっっ」

というか、この世界にも婚姻制度はあるのか……?
俺は前から気になっていたライゴとシェルカの『母親』の存在が頭をよぎる。
二人から、母親らしき存在の話を聞いたことはいまだに一度もない。
だが、婚姻制度があるとするなら、ザルイルはバツイチって事なのか……?

そこへ、一人先にお店屋さんを満喫していたライゴも駆け寄ってくる。
「ヨーへーは、僕のつがいになるんだよっ!!」

お。ライゴも参戦するのか。
これは突然のモテ展開。保育士あるあるだな。
給食のプリンとか、ママとかに負けるやつだろ?
俺が内心苦笑していると、腕の中で リーバが大きく震えた。

「うお、脱皮か!?」

ええと、平らで安全な場所におろして……。
と、サークルに下ろした途端、もこもこうにうにとリーバの外側と内側が別々に蠢く。
いやこれ、人型だと余計えぐいな。
まあ、見た目はそう見えてるだけで、実体に変わりはないからこの形状のせいで引っかかったりはしないと言っていたが……。

皆の見守る中、そう長い時間をかける事なく、リーバは脱皮に成功した。

……って、急に二歳児くらいの見た目になったが!?

殻を脱ぎ捨てて、リーバはキョロキョロとあたりを見る。
俺とぱち。と目が合えば、とててと歩いてきた。
……あ。もうそんな歩けるんだ?
やっぱり異形達の生態は人間とは随分違うな……。

そんな風に思う俺の足にリーバはギュッとしがみついた。

え、いや、脱皮後って、体乾かしたりとかすんじゃないの?
これ、脱皮したての体って、触ってもいい……のか……??

「あたちの」
お。しゃべった。

「あたちの、だもん、これ」
でもまだまだ喋りがたどたどしくて、可愛いな。

ん?
『これ』ってなんだ……?

「違うよーっ。ヨーヘーは、父さんが僕にくれたんだよ! 僕のだもん!!」
ライゴが叫べば、シェルカも必死で訴える。
「シェルカ、ヨーヘー助けたもん。ヨーヘーも、シェルカのこと助けてくれたから、一番仲良しだよっ」
ニディアもゆずる気はないのか、ぐいと胸を張って答えた。
「こいつはボクの牙を受けても怯まなかった、ボクの夫の一人にしてやっていい」

ふむふむ。ライゴの主張はもっともだな。
シェルカの訴えも可愛い。
ニディアは意外と俺を正当に評価してくれてんだな。

「……あたちの……」
足元からもしっかり主張が届く。
「……あたちの、だもん……」
じわりと幼い声が滲んで、俺は思わずその場にしゃがみ込む。
「リーバちゃん、まずは脱皮おめでとう。よくがんばったな」
俺と目が合えば、リーバは一つだけの真っ赤な瞳をぱちと瞬かせた。
……ん? 今……目の中で、もう一つなんか瞬きしなかったか?
「だっこ、して」
小さな両手が俺へと伸ばされる。
「もう体に触っても、大丈夫なのか?」
尋ねれば、コクリと小さく頷かれた。
真っ白な肌に、真っ白な髪。
サラサラの髪は両側の高い位置で結ばれている。いわゆるツンインテールだな。
抱き上げれば、ふにふにとして柔らかくはあったが、触ったところが凹んだままになるような事はなさそうでホッとする。
まあ確かに、脱皮したらしばらく触るなとかは言われていなかったが。でもなんか、この世界の常識的なルールだったりとかありそうだからな……。

考えつつ胸元に抱けば、リーバはペロリと人間離れした長く細い舌で俺の顔を舐めた。
「!?」
「しるし、つけた。あたちの」

思わず笑顔が引き攣る。
こえええええ!!
印ってなんだ印って!! マーキング的なやつか!?
なんかの契約的なやつじゃないだろうなぁ!!??

内心で叫ぶ俺に気付く様子もなく、リーバは俺の胸元に顔を擦り寄せて、小さなあくびを一つこぼす。
ああ、そうか。連日の寝不足と脱皮で疲れてるんだな。
「うた。きく」
歌えって事か。
俺が口を開こうとしたら、足元にギュムっとライゴとシェルカがくっ付いてきた。
「シェルカもっ、ヨーへーとチューする!」
は!? あれってキス的なもんだったのか!?
「僕もっっ」
お前もしたいのか!?
「……ボクも別に、許してやらない事はないぞ」
いや、俺は誰一人求めてないからな!?
「あたちの。だめ!」
お前はさっきから独占欲強いな!?

結局、その後すぐに寝付いたリーバは、ニディアのお迎えの直前までぐっすり眠っていた。

迎えに来たドラゴン……っと、トラコンか。ニディアの母親は、リリアさんと同じようにデカすぎて、顔がよく見えなかった。
「母上っ!!」
竜の姿に戻ったニディアが嬉しそうに飛び付く。
母親には素直なんだな。うんうん、よかったよかった。何事もなくて。
ニディアの母トラコンからは出張先のお土産とやらをもらった。
その上で、娘がとても世話になったと、俺に何やら後日お礼をすると言って帰って行った。

娘の顔見ただけで、楽しく過ごしたのがわかるなんて、なかなかすごいお母さんだな。
仕事がなかなか終わらなかったと言って遅くに来たリリアさんには、夕飯を食べさせてありますと伝えて、リーバを帰した。
「まあああ、立派になったわねぇ! 脱皮の後でお腹空かせてるんじゃないかと心配してたのよぅ。よかったわぁ。食べさせてもらってたのねぇ」
「ヨーへー、つれてかえる」
「あらあら、おしゃべりも上手になったのねぇ。さ、帰りましょ」
リーバは一回り大きくなった体をリリアさんの尻尾(?)にガッチリ拘束されて、俺を連れて帰ると連呼したままズルズルと連れ帰られて行った。

その後ろ姿を見送って、ようやくホッとする。
……よかった。リリアさんまでが同意してしまったらどうしようかと思った。

「なんだ、心配したのかい?」
声をかけられて振り返る。
ザルイルがその両側に子どもたちを抱いて、俺を見つめていた。
ザルイルに下されて、二人がわっと俺に飛び付いてくる。
「ヨーへー、行っちゃやだよっ!」
「ずっと一緒にいて……」
もふもふ姿に戻っている二人を、俺はもふもふと撫でて抱き締めた。
ずっと一緒にいるよ。と答えたい。
けれど、俺は自分の意思でここにきたわけじゃないように、いつここを去るのかを決める権利を持たなかった。
「子ども達がこんなに気に入っている君を、差し出すはずないだろう?」
ザルイルも、二人の後ろで笑ってそう言ってくれる。

俺は、いつ訪れるかわからない別れに軋む胸を堪えて、微笑み返した。

***

「ザルイルの誕生日会?」
俺の言葉に、ライゴが「うん」と満面の笑みで頷いた。
というか誕生日を祝う習慣がここにもあるんだな。

「父さんはあの視玉からちょこちょこ僕たちの事見てるけど、声は届いてないんだよね」
ライゴが家のど真ん中に固定されている丸いガラス玉のようなものを指す。
あ。あれってそういう装置だったんだ?
それを聞いて、俺はちょっとホッとする。
じゃあ、俺が毎日歌ってる適当な歌とかは、まだザルイルは聞いた事ないんだな。

「それに、見えるのはあそこから見えるとこだけだから。あそこに写る場所ではいつも通りにしてれば、きっと父さん気付かないと思うんだ。だからさ、今年の誕生日には、びっくりパーティーをしようよ!」
なるほど、サプライズパーティーか。
「いいなアイデアだな。俺もザルイルさんにはいつもお世話になりっぱなしだし、なんか喜んでほしいよなぁ」
「うんうんっ」
シェルカも一生懸命頷いている。

「あたち、ねむい……」
リーバが、俺の膝の上で話に興味なさげに目を擦る。
「そかそか、リーバはお昼寝しようか?」
「ん……」
リーバを抱いて立ち上がる。

「ボクは別に、協力してやってもいいけど?」

その、素直なんだかそうじゃないのか分からない言い方に、俺はげんなりする。
……だから、何でお前は今日もここにいるんだ……?

あれから、ニディアは四日ほど顔を見せなかった後、リーバと同じように五日きては二日休むというペースで俺たちの家に来ていた。
一週間だとか曜日だとかは聞いたことがないが、どうやらザルイルたちの会社は週休二日、土日に休みが入るようなパターンのようだ。

「ニディア、今まで通っていた保育園はどうしたんだ?」
尋ねてみれば
「もうやめた」
ときっぱり返事が戻ってきた。

おいおいおい、せっかく通えてたのに、そんな簡単にやめるなよ。
というかうちは保育園じゃないぞ?
俺が体調崩したらどうする気なんだよ。
思って、ようやく気付く。
本当に……俺が具合悪くしたら、こいつらどうするんだ……?
それに、もし保育中に急に俺が元の世界に戻ったら……??
ぞくりと背中に冷たいものが流れる。

……と、とにかく、健康第一で頑張らなきゃな。
いや……もしもの時のために、ライゴにだけは伝えておくか。
「……ライゴ、もし俺が急にどこにもいなくなったら、すぐザルイルさんを呼ぶんだぞ」
俺の静かな声に、ライゴが固まる。
「ヨーへー……どっか行っちゃうの?」
ライゴの表情が不安に曇る。
「もしもの話だ。もしも、な。ほら、ザルイルさんの誕生日、何して盛り上げるか考えよう」
「う、うん……」
不安にさせてごめんな。けどこればっかりは、俺にもどうしようもないんだよなぁ。
いつ帰れるのかも、ずっと帰れないのかも、俺にはまるでわからなかった。


「父さんの誕生日は、ここ」
ライゴに指されて、俺は、巣のリビングらしき広い空間にの壁に飾られていた蔦のような植物っぽい装飾を見上げる。
これ、カレンダーだったのか……。全然気づかなかった。
「僕は、ここだよー」
「シェルカは?」
「シェルカはえっとねぇ、あ。ここだね」
教えられても、これが数字なのかどうかもよく分からない。同じような模様が繰り返されていることもないし、十進数とはまた違う表記なんだろうな……。
「お前が、どうしてもボクの誕生日が知りたいと言うなら、教えてやらないこともないぞ?」
そういうニディアに「ニディアはいつなんだ?」と聞き返せば、嬉々として指差した。

字は読めないが、このひと固まりが34〜36ほど集まっているところを見れば、これが一ヶ月ほどの単位なんだろうな。俺のとこよりちょっと多めだが。

今日の場所も教えてもらったので、ザルイルの誕生日まで二週間ほどだと言うことは理解できた。
横に並んでいるのが七つなのは、把握しやすくてありがたいな。

えーと、ライゴの誕生日は俺に会う前に過ぎてて、シェルカもそのひと月ほど前に過ぎてるな。で、ザルイルが二週間後で、ニディアは丸一ヶ月くらい後か。
なるほど、俺に伝えようとしたのは多少の下心があるわけだな?

俺が全員の誕生日を頭に入れて振り返れば、ニディアがニコッと笑う。
ニディアも、黙ってれば十分可愛いんだよな。
女子とわかってからは、ニディアにもスポーティー寄りではあるが、それなりに可愛い服をイメージしているし、髪も長いイメージにしてある。

「じゃあ、俺は当日の料理担当で、会場の飾り付けはシェルカとニディア。ライゴはザルイルさんへのプレゼントを作るんだったな?」
「うんっ」「仕方ないな」「おーっ」
「よし、じゃあ各自解散っ!」

俺は、とりあえず料理のメニューを考えてみるか。
ただ、サプライズとなると、足りない材料をそれまでの間にこっそり手配しないとだよな。
毎日の料理に使うものとしてザルイルさんに購入を頼みつつ、当日までに賞味期限が切れないように処理しつつストックしていく事になるか……。
これは結構頭を使うな。
二週間あれば準備期間はたっぷりかと思ってたが、料理に関してはここからでギリギリかも知れないな。

そんなこんなで、皆と毎日一時間ほど交代で準備をしながら、あっという間に二週間が過ぎた。
元々工作好きなライゴはめちゃくちゃ大作を作り上げたし、シェルカとニディアも折り紙でたくさんの飾りを作って、輪飾りも山ほど作ってくれた。

朝から、今日は遅くなると言って出て行ったザルイルだったが、この日は二ディアが帰っても、リーバが帰っても、まだ戻ってこなかった。

ぽとん、ぽとん、とオイル式の時計が落ちる様を、シェルカが目を擦りながら見つめる。
この世界のデフォルトがこれなのか、それともこの家の独自のものかは分からないが……、あ、いや、ニディアも当たり前のように読んでいたから、これがこの世界ではデフォルトなのか。
砂時計のようなものをいくつも組み合わせたような大きなオイル時計が、半日に一度、自動でひっくり返される。
その中でも、三十秒ごとにひっくり返されるものと、三時間おきにひっくり返されるものがあって、その組み合わせで時間を知る仕組みのようだ。

「眠いなら、寝てていいぞ。ザルイルさんが帰ってきたら、起こしてやるから」
肩を撫でて声をかければ、シェルカは半分ほど夢の中で答えた「んー……」
「父さん、今日は遅いね……」
ライゴも流石に眠そうだ。
「ライゴも寝てていいぞ。俺が起きて待ってるからな」
声をかければ、ライゴもこてんと俺に寄りかかってきた。

ザルイルさん、明日と明後日はお休みだから、休日出勤にならないためにも、今頃頑張ってるんだろうな……。
ザルイルは、時々休日にも仕事に行くことがある。
『やり残してしまった』と、子どもたちに申し訳なさそうにしながら。
休みの日のザルイルは良いパパだ。
疲れも溜まってるんだろうに。本当は、遅くまで寝ていたいだろうに。
ちゃんといつも通りに起きて、子どもたちと食卓を囲んで、時間の許す限りともに過ごしていた。

サプライズとはいえ、俺が昨日のうちに、ザルイルに早く帰ってきてくれるよう頼んでおけばよかったんだよな……。
俺は自分の気の回らなさを自省する。
そしたら、二人にこんな寂しい思いをさせることもなかったのにな……。

すっかり眠ってしまった二人を、横たわらせながら、俺はそっと二人の間から抜け出す。
こんな可愛い子達を置いて、あんなに誠実な人を置いて、ザルイルの奥さんはどうしていなくなってしまったんだろうか。
俺は、保育園にもポツポツといたシングルの子たちの横顔を思う。
きっと、こんな二人の母親なら、離婚じゃなくて、死別なんじゃないか?
だから、二人は母親のことを何も口にしないのかも知れない。
ザルイルが辛くならないように……。

俺は、そんな事を考えながら、料理の仕上げをしていた。
そすがにそろそろ戻ってくるだろう。

シンクの下の棚に隠しておいた瓶詰めを取ろうとも、棚の奥へと頭を突っ込む。
この家の家具はどれもザルイルのサイズでできているので、子どもたちから半分ずつ体をもらった状態では、まだまだ大きすぎる。
体が完全に棚の中に入り込んだ時、ガタンッと音がして、何かが倒れた事を知る。
棚の扉は、完全に閉まってしまった。

中から押しても、叩いても、扉はびくともしなかった。
物を動かす力で押しても、ピクリともしない。
棚の向こう側で、何かがつっかえているのか。
思い切り力を込めれば開くかも知れないが、それでは、ザルイルの魔力を酷く消費する。
きっと彼ももうヘトヘトだろうに。
うちに帰ろうと一生懸命な彼から、力を奪うような事はしたくなかった。

子どもたちの寝ている部屋からここまでは距離がある。
扉越しに叫んでも、きっと気付かないだろう。

……大丈夫だ、もう少しすればきっとザルイルが帰ってくる。
そうしたら、助けを呼べばいい。

そう思う事にして、俺はゆっくり深呼吸する。
自分が震えていることに、俺は気付いていた。

暗くて狭い、四角い空間。
押し入れの中みたいだ……。
そんな思いに、必死で気付かないフリをする。
俺を育てた人は、あまり良い親ではなかった。
小さい頃の事は、できれば思い出したくない。

料理の仕上げは、あと、あれと、これと……。

それでも、息が苦しくなる。
落ち着け。大丈夫だ。
俺くらいのサイズなら、空気はまだまだいっぱいある。

ザルイルの両手に包まれてここへ運ばれた時は、慌てこそすれ、こんな恐怖は感じなかったのに。
ザルイルの手が、ふわふわで温かかったからだろうか……?
あの時は、指の隙間から見える外の景色があまりに信じられなくて、ただただ混乱していた。
こんな場所で、どうやって生きて行けばいいのかと、途方に暮れた。
夢が覚めることをただ願っていた。

けれど、今は違う。
俺はまだ、この夢から覚めたくなかった。

暗闇の中で、意識がふわふわと現実味を失ってゆく。
このまま、夢から覚めてしまうのだろうか。

俺を慕ってくれる四人の子を置いて……、俺に会えてよかったと言ってくれたザルイルさんを置いて、俺は戻ってしまうのか……。

そんなこと、したくない。

ライゴ、シェルカ……。

遠のく意識の向こうから、羽音が聞こえる。

「あっ、父さん、おかえりなさい!」
「ただいま。遅くなってしまって、すまなかったね」
「お父さん、おかえりなさいーっ」
「ほら、これ、僕たちがみんなで用意したんだよ!」
「ほう……これはすごいな。大変だったろう。ありがとう」
「あれ? ヨーヘーは??」
ライゴが俺を探すようにパタパタと足音をさせている。
「父さんっ、どうしよう! ヨーへーがいなくなっちゃった!!」
ライゴの悲痛な声。
「ヨーへー、前に言ってたんだ。もしヨーヘーが急にいなくなったら、父さんを呼べって……。これって……」
ライゴの声は、涙に滲んでいる。

ああ、違うんだ……、俺はまだ、ここにいるよ……。
伝えたいのに、頭の芯が痺れて、体が全く動かない。
声を出すこともできない。まるで金縛りのようだ。

「私も、こないだのヨウヘイの笑顔が何だか壊れそうに見えて、調べていたんだ。どうやら、ヨウヘイのように別の世界から来た者は、不意にいなくなる事があるようだね。……それは、本人の意思でどうにかなる物ではないらしい」
ザルイルが落ち着いた声で話す。
……もしかして、遅くなったのって、それを調べてて……?

「そんな……」
「じゃあヨーへーは……?」
涙ぐむライゴとシェルカに、ザルイルは優しく声をかけた。
「落ち着きなさい。今の話は事実だが、私たちのヨウヘイはまだここにいるよ」
「え?」
「そうなの!?」
「ああ、お前たちがまだその姿をしているのが、何よりの証拠だよ」
そう言うザルイルさんの声が少しずつ近付いてくる。

「ふむ……。ここかな?」
ガタガタと音がして、棚の前に落ちてきていたらしい調理器具を避ければ、棚は軽く開けられた。

優しげな笑みを浮かべていたザルイルさんが、俺の顔を見て顔色を変えた。
……俺……、どんな顔、してるんだろ……。
「ヨウヘイ……」
伸ばされたそのふわふわの手に、縋り付きたいと思ったのに、俺の体は震えるばかりで動かない。
「……ザル、イル、さ……っ」
やっと絞り出した自分の声は、驚くほど細く、涙に濡れていた。