それを踏まえて見ても、作品名だけで希望に溢れたきれいな絵だとは到底思えなかった。

 それでも大抵の人が素通りをしていく。意味など考える間もなく、隣の作品に目を向け、ホールを出ていく。

 その流れを遮るように、私はカンバスの前で立ち尽くした。
 動けなかったのだ。
 繊細で大胆なカンバスに飲み込まれ、悲鳴と警報が頭の中でぐちゃぐちゃに響き続けた。
 きれいなもので彩られたこの世界は、どろどろと醜いものが積み重なってできている。
 遠くで警報が聞こえた気がした。

 *

 それから早紀が呼びに来るまで、私はずっとそこにいた。経った数分にも思えたその時間が、早紀曰く一時間は経っていたという。
 他のブースを見に行く前に、出入り口で配っていた展示一覧表をもらってカンバスの絵を描いた人物を探す。しかし、どこにも記載はされていない。
 不思議に思って受付の生徒に尋ねると、困ったような顔をして答えてくれた。

「あれは芸術コースの作品じゃないんです。美術部が描いたものを、芸術コースで美術部の顧問である先生が置きました。だからこの一覧表には載っていないんです。作者の名前は……わからないんです。あんな絵が気に入ったんですか?」

 私は絵のことなんてなに一つわからないけど、仮にも芸術コースに在籍している人には「あんな絵」なんて言ってほしくなかった。一気に学校のイメージが崩れた瞬間だった。


 それから家に帰って数日経っても、頭にはいつもあのカンバスがあった。
 気になってしかたがない。
 どうしてあの絵を描いたのか。何が正解だったのか。あの引き込まれる世界はなんだったのか。

 気付けば最後の進路希望で、第一志望の高校を変えていた。両親にも先生にも驚かれたが、特に何も言われなかった。私の成績で問題ない範囲内、さらに元々志望していた高校の偏差値より、こちらのほうが高かったからだ。

 選んだのは普通科の進学コース。元々絵は授業で習う程度で詳しくもなければ描くのも苦手だ。それに芸術コースにイメージを一瞬でも崩した生徒を思い出すと、選ぶ気にもならなかった。

 ただもう一度あの絵が見たい。あの絵を描いた作者を知りたい。――その一心だけで入学した。

 中学最後に、名も知らない誰かに想い焦がれたのだ。