順に見ていくと、ホールの隅にひっそりと佇むイーゼルにかけられた一枚のカンバスが目に入った。
 他の作品は壁に掛けられているのに、そのカンバスだけが異様な空気をまとっているように思えた。列を乱した子供のように、どこか放っておけない気がして、興味本位で近づいてみる。

 『明日へ』と題されたそれは一見、明るい未来を思い描いた世界だった。

 澄んだ青空に、ブルーインパルスを彷彿とさせるスタイリッシュな機体が、雲を突き抜ける瞬間を白と灰色で描かれた風が力強く表現している。地上では、色とりどりの花束を抱えた少女が見上げていた。少女の姿は黒く塗りつぶされていて、どんな表情をしているかはわからない。風で揺れた長い髪が、大きく羽ばたいているようにも見えた。絵画、というより、イラストと言った方がわかりやすいかもしれない。

「なんて希望に満ち溢れた素敵な世界だろう。どの生徒さんも、表現が豊かで良いね」

 来場者の一人が鼻で嗤い、よく見ようともせず通り過ぎていく。

 ――はたして、本当に希望に満ち溢れているのだろうか。

 存じ上げない来場者の何気ない一言に、私は眉をひそめる。
 確かに素敵な絵だと思うが、私には、どうしても希望に満ち溢れた世界ではなく、嘆きに見えたのだ。

 ふと、アクリル絵の具を使った繊細な絵のなかで、ふと鉛筆でうっすらと何かが描かれているのに気付く。それにテレビの特集で見たことのあるブルーインパルスの機体にしては、煤で汚れ過ぎているようにも思える。

 私はカンバスにさらに近付いて目を凝らした。
 灰色の機体の側面には国旗と機体の番号が書かれており、それに縋るように雲に紛れて無数の手が伸びている。表情のわからない真っ黒で描かれた少女の中を覗き込めば、うっすらと泣き叫び、手を空へ掲げる姿が残されている。少女が抱えている花にも目を向ける。特徴からデイジー、コスモス、オリーブ、タンジーと推察すれば、どれも「平和」の花言葉を持つものばかりであることに気付いた。

 近付いてようやくタイトルの意味を知る――だから誰でも近づくことができるイーゼルに飾られているのだ。

 機体に伸ばす手は引き留めたい人々によるもの。
 色とりどりでもまとまりのない花ばかりをまとめたのは、「平和」の花言葉をもつ花を少女が懸命にかき集めたのかもしれない。