――ずっと、普通じゃないと言われるのが怖かった。

 自分の直感が人並み以上であることは、幼いころから気づいていた。
 迷子になっても絶対親の居場所はわかったし、友達が何を考えているのかなんとなく察せた。

 けれどそのカンの良さが良い事ばかりではないと気づいたのは中学生になってから。

 一度も遊びに行ったことのない場所で地図なしに歩き回れたり、友達の家で机のどこに何があるのか、なんとなく当ててしまったりしたときに、友達にドン引きされたり。
 テストで直感に任せて書いた回答は大抵全問正解になって、結果として頑張ってる友達より簡単に上の成績を出してしまって嫌われて、絶交されてしまったり。
 ピンとした閃きで動いて、過度に目立って周りに壁を作られたり。

『ずるいよね。なんでも直感でうまくいくなんて』
『陰で努力してるくせに、なんでも直感でごまかさないでよ』
『本当は地図で道を覚えてたんでしょ?』
『本当は机の中覗いたんでしょ?』

 私がただ私として生きているだけで、周りに角が立つ。
 直感なんていらない。私は理性的に『普通』に角を立てずに生きていきたい。

 けれど勝手に浮いてしまう。
 うっかり気づいてはいけない事に気づいてしまったり、ポロッと変なことを漏らしてしまったり。

 なるべく「普通」であるように頑張ってきた。

 けれど、うまくいかないことばかりでーー

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「私、浮きたくないのにずーっと『変な子』って言われてきたんです。それがコンプレックスで」

 帰りの車の中、私はこんなことをぽつぽつと篠崎さんに打ち明けた。

「なんとなく気づいちゃったり、当てちゃったり。つい口を出しちゃったり。『普通にしなさいよ』って友達からもよく注意されてたのに」

 博多湾の上にゆったり弧を描く都市高速は車がまばらで、エンジン音と走行音が私たちの間を静かに響いていく。
 私の膝の上で霊力を充電しながら夜さんは眠っている。
 ワイヤレス充電のスマホみたいだなって、ちょっとおかしい。

 見下ろす港の夜景は夢のように静かで、綺麗だ。
 コンテナが、船が、煌々とした明かりに照らされている。

「だから……篠崎さんのところで働くの、怖かったんです。『私はあやかしが見えます、だだ漏れ霊力です』って、……普通じゃないって認めたくなかったんです」
「そうか?」
「え、」
「そういうのは、ごく普通の、当たり前の悩みだよ」

 彼はさらりとそんなことを言う。私が顔を見ると、篠崎さんは優しく微笑んだ。

「誰だって、平均値から飛び出したところはある、そこを伸ばすか削るかで悩むのは、若い人間にとっちゃ普通の悩みさ。菊井さんに関しちゃ、勘の良さの使い方をストレートに出し過ぎて、社会への順応を少し間違えていただけだ。直感があってもちゃんと『普通』でいられるさ」

 都市高速の明かりに照らされた篠崎さんは真面目な顔をしていた。私の悩みを真っ直ぐに、真剣に受け止めてくれる人は初めてだった。

「言わなくていいことを言わない、全力を出し過ぎない。ほどほどのところで合わせる、それでいいんだよ。……まあ、あんたがうちで働いてくれるなら全力を出しても構わねえがな」
「そうですか?」
「あやかしだらけの世界で『変』だのなんだの、いうかよ」

 それに、と篠崎さんは付け足す。

「本当にこれまでの『直感』は全て、あんたの霊力によるものだけか?」
「え……霊力以外に、何かありますか?」
「無意識で無自覚な洞察力、分析力から生じる『判断』は直感と見分けがつかない。――昔から言う『女のカン』ってやつだってそれだ。言語外のコミュニケーションで男の行動の違和感に気づき、それを指摘する。当たっていたとしてもそりゃあ当てずっぽうな霊感なんかじゃない。その気づきを言語化して説明できないときに、単純に『女のカン』と言うだけで。……あんたはそういう洞察力や分析力が鋭い。夜をよく見ていた」
「……そうでしょうか」
「学校でも会社でも、そういう事は多かったんじゃないのか? なんとなく気づくことや、なんとなく察すること。あんたはそういう能力が秀でているんだ。そりゃあ、あんたの場合は『霊力』由来のピンとくるやつもあるだろうけどな。人や現場をよく見て、気づくことが得意なんだと、俺は思うけどな」

 ウインカーを出して車が車線変更する。香椎浜インターチェンジに、滑らかに車が吸い込まれていく。

「自分の長所は素直に自覚しろよ。そして活かして幸せになれ。転職活動中なんだろ?」

 インターチェンジを降りる直前、篠崎さんは私を見て笑った。

「……ありがとうございます」

 心のかたくなになっていたところが、ぽろぽろとほどけていくのを感じた。 


「そもそも浮いてるのは、別に直感のせいだけじゃないと思うけどな」
「えっ」
「性格っつーか、なんつーか」
「え、待ってください、いい話で終わらせないんですか!?」
「まあいいんじゃないのか? あんたがそういう奴だったから、あやかしとも平気で馴染めてるんだし。個性っつか、才能っつか」

 言いながら篠崎さんは、とても静かな目をして微笑んだ。

「俺は菊井さんのこと、いいと思うよ」