「あれは言い過ぎ。ちょっと行ってくる」
いきなり後ろから声がして、振り向くと高野くんがいて目を見張る。
いつからいたのかはわからないけど、いまの話を聞いていたらしい。
高野くんが教室に足を一歩踏み込み、西森さんたちのところへ行こうとする。
だから、咄嗟にその足を止める。
「あ、まって! わたしは大丈夫だからやめて。
これ以上西森さんに反論したら高野くんが嫌われちゃう」
向こうに聞かれないように小声で話す。
きっと西森さんは高野くんのことをよく思ってないと思う。どのテーマ決めるときでさえ、ちょっと嫌な空気になったのに、これ以上わたしのせいで高野くんを悪く見られたくない。
すると、いきなり高野くんがふっと笑った。
「え、なんかおかしいこと言った?」
「いや。俺のためにありがとう」
ありがとう、なんて。
ほんとはわたしが言わないといけないのに。
「てか、名前でいいよ」
そう言われて心の中で"伊織"と呟く。
うわ、なんだかすごくはずかしい。
顔が熱いような気がする。
「うん。じゃあ伊織……くん?」
「なんでくん付け? べつに呼び捨てでいいけど」
「……伊織」
男の子を呼び捨てで呼ぶのに慣れてないからなんだかおもはゆい気持ちだった。
「うん。俺も葵って呼ぼーっと」
力が抜けたようにふわっと言い放って、スキップしながら戻っていった。
やっぱり最初のとき、わたしのこと名前で呼んだ気がするのは気のせいだったのかな。
でも、たしかに葵って聞こえたけど。
まぁ、そんなこと今更考えても仕方がないか。
高野く……伊織は相変わらずにこにこしてて、クラスの男の子とわいわい騒いでいた。