「伊織は私と出会ったことあったんだね」

「え?」

「桜の妖精さんから見せてもらった夢で見た」

 小さい頃、男の子と会ったことは憶えていた。
 話した内容までは思いっきり忘れていたけど。
 それに、わたしはその子の名前を聞かなかったし、転校しちゃったからこの街に戻ってくるとは思ってなかった。


「……すぐわかった。葵、変わってなかったから」

「どうせ、成長してないですよ」

 少しむくれた顔をする。
 そんなわたしに伊織は少しおどけて笑う。


「あの頃から、葵の笑顔が大好きだった。
 俺はあの笑顔に何度も救われた」

 なんでそういうこと普通に言うかな。
 少し顔を赤く染めた。



「これよかったら読んで」

「手紙?」

「そう。どうしても形に残したくて。
 俺からの最期の願いが書いてあるから。
 俺がこの世界から消えた後、必ず読んでほしい」

 消えるなんて言わないで。
 ずっとわたしのそばにいてよ。

 この願いは叶わないし、伊織を困らせるだけだからわたしは言葉を飲む込んで、違う言葉を出す。

「……わかった」

 伊織からもらった手紙は水色の封筒に入っている。
 わたしのいちばん好きな色だ。

『わたし、水色が好き。この海みたいに綺麗で透き通ってるものが好きなんだ』

 海に行ったときのことを、憶えててくれたんだ。




「もうすぐ終わりだね」

 伊織が悲しげに呟く。

 時計を見てみると、針はもうすぐ12時を指す。
 つまり、わたしの誕生日は終わりで、伊織はもうこの世界から本当に消えちゃう。

 でも、あと少し。もう少しだけでいいから。
 まだ終わらないで。  
 まだ伊織の隣にいたい。

 そう願っても、わたしの願いなんか無視して時計の針は確実に進んでいく。



「やっぱ時計は止められないな」

 伊織が時計の針を見ながら苦笑する。

 いつの日か伊織が言っていたお願いごと。
 やっぱりそれだけは叶わない。

 あのときは、そうなったらいいなって軽く思っていたけど、いまなら強く思う。
 この瞬間を止めて永遠にしてくれればいいのにって。