「妖精さん。お願いします」
わたしは必死に頭を下げる。
最期だから。もう会えなくなるんだから。
いちばんの思い出の場所に行きたい。
「でも、葵ちゃんはまだ安静にしてた方が」
妖精さんはわたしの体調を心配してるみたいだった。
わたしなら大丈夫です、と笑う。
「最期に伊織と見たいんです。あの綺麗な星空を」
「……わかった。女の子のお願いごとを叶えないわけにもいかないからね」
そう言うと、妖精さんの姿が見えなくなって、光に包まれた。
一瞬で世界が白くなったみたいだ。
それがだんだん視界があってきてそこは星空公園だった。
わたしと伊織が小さい頃はじめてあった場所でお互い大好きな場所だ。
いつものようにブランコに座って、満天の星空を見上げる。
「なぁ、憶えてる? 俺が葵をプールに落としたの」
いきなり想い出話が始まった。
「忘れるわけないでしょ」
「あのとき、はじめて葵に怒られたなー」
「わたしだってお母さんにめちゃくちゃ怒られたもん」
全身びしょ濡れで帰ったからもちろんお母さんに怒られた。
でも、なんかたのしかったんだ。
伊織には秘密だけど、水を浴びた瞬間、嫌な気分も一緒に流れたみたいで、少しすっきりした。
「葵が颯太と仲良くなるとは思わなかった」
「ええそうかな?」
「だって前はさ、颯太と葵は話をすることもなかったからさ」
「……そっか」
前のわたしは勿体ないことしてるな。
颯太くんと友だちにならなかったなんて。
「だから、未来が変わるかもって思ったらちょっと心配だった」
「でも、変わらなかった……んだよね」
「……うん」
じゃあいまを変えてもわたしは結局交通事故に遭うことになってたんだ。
やっぱりわたしはそういう運命だったんだ。
でも、伊織が変えてくれた。
自分の身を捨ててまで護ってくれた。
「颯太はいいやつだよ」
「うん、知ってる」
いつもその場を明るくしてくれて、わたしの恋も応援してくれて、颯太くんは最高の友だちだと思う。
「葵のこときっと幸せにしてくれると思う」
「え……」
「もし葵が前を向けて、新しい恋をするなら颯太がいいな、俺は」
「な、なんで? 伊織はいいの?」
「だってさ、葵はひとり嫌いでしょ? 颯太なら葵を寂しくすることはないと思うから」
「わたしは、伊織が好きだよ。ずっと」
今度はすんなり出てきて自分でも少しびっくりする。
伊織は笑って、ありがとうと言った。
「海も楽しかった。でも、颯太のやつほとんどひとりで焼きそば食べやがって」
「それ、まだ根に持ってるの?」
「あたりまえだよ!
海で食べれる焼きそばはそのときだけじゃん?」
「あはは。相変わらずだね、伊織は」
こんな風になっても変わらないで話してくれる。
そんな伊織の優しさがどうしようもなく好きだ。
「あと、葵に好きって言われたの正直めちゃくちゃうれしかった。俺、言うつもりなかったから」
「……」
言うつもりなかったってどういう意味だろう?
すると、わたしの疑問を読み取ったように話す。
「彼氏にはなれなくてごめん。嫌だろ? 彼氏がいなくなるなんて。
だから、俺はこの関係に名前なんて付けたくなかった」
「……わたしのため、?」
たしかに、関係に名前を付けてしまったらきっとわたしは前に進めなくなる。
一生彼氏つくれなくなる。
いまでも当分はつくれないと思うけど。
ずっと、引きずってしまう。
全部わたしのためだったんだ、と知る。
「でも、いちばんたのしかったのはやっぱり花火大会」
わたしも同じこと思ってた。
めちゃくちゃたのしかったな。
「花火大会の金魚すくい俺めちゃくちゃ上手かったよな?」
「それ自分でいう?」
「ほんとのことだし!」
伊織は空の星を眺めながら、明るい声を出す。
最後までわたしを笑わせようとしてくれるなんて。
「あと、花火。俺、一生忘れない」
「……わたしも」
あれはいちばん忘れたくない想い出。
めちゃくちゃ綺麗だった。
もうたぶん同じ花火は見られないんだろうな。
少し目線を下に下げていると、名前を呼ばれる。
なに? と伊織の方を向く。
「お誕生日おめでとう。
葵の誕生日を最悪な日にしてごめん」
ううん、とわたしは首をふる。
「わたしのほうこそ、伊織の未来を閉ざしてしまって……」
ごめん、ごめんなさい、と謝る。
いくら謝ったってもう起きたことは取り消せない。
伊織の未来は戻ってこない。
しんみりとした顔になっていると、伊織がわたしのことを呼ぶ。
そして、手をほっぺにあてて「ほら、笑ってるときっといいことあるよ。って葵が教えてくれたことだよ」とにっこり笑った。
だから、わたしも頷いて同じように笑った。
不思議。伊織と出会ってからまだ半年も経ってないのに、数え切れないくらい想い出が溢れてくる。
このままずっと話していれるくらい。