「僕ね、いままで運命に逆らったことのある人見たことなかったんだ。
どうせ、人間なんて自分が大事だから、結局最後は自分を護るんだと思ってた。
でも、伊織くんは違った。無償の愛ってほんとにあったんだね。
伊織くんはこの世界の仕組みに抗ってきみの運命を変えた。
その瞬間を見たとき、どうしようもなく思ってしまった。この世界は変えることができる。
運命は人のがんばり次第でいくらでも変えられるって」
「妖精さん……」
伊織は、わたしの運命を世界を変えてくれたんだ。
でも、それでも、受け入れられないよ。
わたしのために伊織が死ぬなんて。
そんな、そんな。
「最初はくだらないなって思った。
だれかのために命を捨てるなんて。
でも、ふたりを見てたら、僕、思っちゃったんだよね。
運命変われって。もっとはやく伊織くんのこと信じてあげればよかったな……」
なんてね、と妖精さんがなんとも言えない表情で笑う。
「……わたし、これからどうしたらいいんですか?」
もう目にはたくさんの涙が溜まってる。
こんなこと妖精さんに聞いても、困らせるだけだ。
妖精さんはすごく考えて、わたしに優しい笑顔を見せた。
「葵ちゃんの家族は代々僕の桜の木を大切にしてきてくれた。護ってきてくれた。
だから、これは僕からあげられる最初で最後のプレゼント。
誕生日は、一年に一度しかない素敵な日だから。
病室なのはごめんね。葵ちゃん。もう一度笑ってよ」
妖精さんの魔法のような光で視界が一瞬白く染まる。
そして、次に飛び込んできたのは、いるはずのない影で。
「あおい」
伊織だ。伊織の優しい声だ。
わたしはすぐさま伊織のそばに駆けつける
「伊織のばか! なんでわたしを護ったの?
わたし、わたし。伊織にもらってばっかじゃん。なにも返せてないのに」
わたしの目からはもう大量に涙が溢れていて、視界は揺れていて、上手く伊織の顔も見えない。
「違う! 俺はたくさんもらった。充分過ぎるほど葵からもらったんだよ」
『自分のこともちゃんと大切にしろよ?』
わたしにはそう言ったのに、伊織は自分のことどうなってもいいって思ってたの?
伊織の生命だって同じくらい大切なのに。
「俺、葵のこと好き。好きで好きでしょうがない」
「そんなのわたしだって! わたしだって、伊織のこと……」
好きだよ。
そんな簡単な言葉が喉の奥に引っかかったみたいに出てこない。
あのときはすっと出てきたのに。
「わたし、伊織がいないとだめだよ。無理矢理笑っちゃうし、自分の気持ち無視して、他人に合わせちゃう」
うんうん、と頷きながらわたしの話を聴いてくれる。
「でも、葵は俺がいなくても大丈夫だよ」
なんでそんなこと言うの?
「出会った頃の葵は他人に合わせたり、ただただ優しい子だったけど、いまは優しさだけじゃない。
強さももっていると思うから。自分の心の声をちゃんと聴いて行動してる」
それは全部伊織が隣にいてくれたからなのに。
そう思ったけど、最後までなにも言わず伊織の話に耳を傾けた。
「葵は気づいていないかもしれないけど、俺にはわかるよ。葵が変わったってこと。
どんどん成長していく姿を見て、俺もどんどん好きになった」
伊織の言葉が胸の奥まで突き刺さった。
伊織はいつもわたしのことを見ててくれて、変わったって言ってくれる。
そう思ってもいいのかな? 自分は変われたって。
「俺の願い事は葵が生きててくれること。毎日普通に過ごして、笑っててくれるだけでいい。
それが俺の幸せだから。
だから、俺の願いきいてくれる?」
わたしの手を取り優しく包んでくれる。
ずるい。
伊織にそんなこと言われたら生きかないわけにもいかないじゃないか。
わたしが生きてることが伊織の幸せにつながるなら、わたしはちゃんとこれからの毎日を大切に生きるよ。
もう涙は乾いていて、代わりに笑顔を零す。
伊織が大好きだって言ってくれた笑顔を。
「伊織はいつまでいられるの?」
そう訊くと、伊織は妖精さんのほうを向く。
「それは葵ちゃんのお誕生日が終わるまで。
それが終わったら伊織くんは完全にこの世からいなくなる。……もう二度と会えない」
妖精さんはそう話してくれた。
時計を見ると23時30分。
伊織がこの世界にいられるのはあと30分もない。
無駄にしたくない。
伊織がいるこの世界の一分、一秒も。