目を開けると見覚えのない真っ白な天井が目に入り、ツンと鼻を指す消毒の匂いがした。
手には複数の管が繋がっている。
それを見て自分が病室にいることがわかった。
ゆっくり起き上がる。
あれ。
わたし、なんで病院にいるんだっけ?
なんでこんなに頭が痛いの?
なんで、泣いてるの?
汗でびしょびしょになっていて、頬は濡れていた。
「それにしてもさっきは夢?」
なんだか変な夢。妙にリアルで伊織がいた。
小さい頃、出会った頃、わたしの事故?
それから……
伊織の想いや願い。
「想い出した? 葵ちゃん」
ふいに声が聞こえる。
声のほうに目を向けると、宙に浮いている小さな人間のような生き物がいる。
「きゃーーー! おばけー!」
びっくりして病室の枕やそこにあった物たちをその子に投げつける。
でも、枕や物はその子にあたることなく、その子の身体を透き通って地面に落ちる。
「ちょっと、落ちついてよ!」
「あ、ごめんなさい」
つい、驚いて投げちゃったけど。
考えてみたらいきなりだれかわからない子に物を投げつけようなんていくらなんでもやりすぎだ。
「はじめまして、僕は桜の妖精」
桜の妖精。
いつしかおばあちゃんが言ってた子だろうか。
「おばあちゃんに会ったことあるとかの?」
「そう!」
わかってくれたみたいでよかった、と安心した表情を見せる。
おばあちゃん、ほんとに桜の妖精さんに会ってたんだ。
じゃあ、なにか願いを叶えてくれるのかな。
なんわたしの所に現れたのだろう。
強く願ったことなにもないのに。
「さっき、きみが見たのは伊織くんの記憶」
「伊織の記憶……?」
わけがわからなくはてなが浮かぶ。
「全部全部、現実に起こってたことだよ」
どういうこと。
現実に起こってたこと? わたし、生きてるよ。
確かめないと。
まず伊織に会って、どういうことかを説明してもらおう。
頭は少し痛いけど、身体は少しも痛くない。
なのにつながっている管が嫌で勝手に外し、ベッドから降りようとするとなんだか廊下が騒がしい。
「葵! 大丈夫?」
廊下から大きな声がして、扉が開く。
すると、わたしの傍までお母さんとお父さんが走ってきた。
「お母さん。お父さんも」
お母さんは「心配したのよ……」と半泣きの状態だった。
「わたし……伊織のところに行かないと!」
「伊織? そんなお友だちいたかしら?」
「え、花火大会の日会ったじゃない。
お母さんとお父さんにも挨拶してた」
「……」
お母さんとお父さんは一度顔を合わせてから心配そうな顔をしてこっちを向く。
なんで。なんで憶えてないの?
「頭を打ったんだし、今日はゆっくり休みなさい」
「ごめんね。ほんとはもっと傍にいてあげたいけど、もう帰らないといけないみたいで……」
そっか。もう夜の11時。
面会時間なんてとっくに過ぎてるのに。
お父さんもお母さんもわたしのこと、心配してくれたんだ。
「ねぇ、どういうことなの? お願い。説明して」
お母さんたちが帰った後、上の方で舞っている妖精さんに声をかける。
さっきの夢はなんなの?
なんでお母さんたちが伊織のことを憶えてないの?
「伊織くんとの約束破っちゃったけど、さっきの夢は僕が勝手に見せた。
葵ちゃんにはどうしても知っててほしかった。
伊織くんがどういう想いでいままで過ごしてきたか。
そんな伊織くんの想いをなかったことになんてしたくなかったんだ」
桜の妖精さんは悲しそうに辛そうに話す。
わたしはひたすら妖精さんの話に耳を傾けていた。
「葵ちゃん。きみは本来この世にいないんだよ。
それを自分のせいだと思った伊織くんの頼みで僕が彼を過去に飛ばし、時間を巻き戻した」
過去に飛ばした? 時間を巻き戻した?
たしか、伊織もそんなようなことを言ってたことがあったような気がする。
でも、なぜだかはっきりとは思い出せない。
「いまでは伊織くんの存在ごとなかったことになってる。その代わりとして葵ちゃんは大怪我を負ってない」
「そ、そんな!」
スマホのトーク履歴、通話履歴。
どれを見ても"高野伊織"の名前はない。
それどころか伊織と撮ったはずの写真までない。
なんで、なんで。
ほんとに消えちゃったの?
「ねぇ、伊織はどこにいるの?」
「葵ちゃん。伊織くんはもういないから、どんなに想っても会えないんだよ」
「っ、、」
声にならない叫びが出る。
「……伊織はわたしを護って? わたしが死ぬはずだったのに。どうして伊織は」
さっき見せられたことといままで一緒に過ごしてきた伊織の声が重なる。
『俺はなにも護れなかった』
『時々、後悔で押しつぶされそうになるときがある』
『人っていつ死ぬかわからない。
だから思ったことは口にしないと』
『俺は言えなかったことがたくさんあった』
あのとき、伊織がわたしに話してくれた過去は、わたしのことだったの?
それに、伊織はずっとなにかを隠していた。
伊織は一体今までどんな気持ちでわたしと過ごしていたのだろう。
それは、想像もできない。