「なぁ、そろそろ学校来いよ」

 親友の颯太(そうた)が学校のプリント類をたくさん持ってきてくれた。
 俺の机の上には前にもってきてくれたプリントがまだある。

 情けない話だけど、葵がいなくなって俺は学校に行けずにいた。
 俺の中には後悔しか残っていない。
 もし俺があの日葵を呼び出さなければ、家まで迎えに行っていれば、葵を(うしな)うことはなかったんじゃないかって。
 なんでもっとはやく葵に好きだって言わなかったのかって。

 家でひとり俺はずっとたくさんの"もしも"や"なんで"を考えていた。そんなこと考えても未来が変わるわけじゃないのに。
 起こったことは取り消せないのに。

 由乃ちゃんや葵のお母さんが俺のせいじゃないって言ってくれても俺の中の罪悪感は少しも消えない。



「これ、水原さんの机の中に入ってたみたい。
 俺、水原さんの家知らないから、伊織が届けてほしい」

「……わかった」

 葵のなにかはわからないけどノートを渡された。


「俺はさ……」

 颯太は少し言いにくそうに話す。

「水原さんと仲良かったわけじゃないからわからないけど、水原さんはきっと伊織に責任感じてほしいなんて思ってないと思うよ」

 それはだれよりも俺がわかってる。
 葵は、自分のことより他人のことを願う優しい子だから、俺に責任を感じてほしくないって言うと思う。

 それなのに、俺は葵がこの世にいないっていう事実を受け止められない。
 受け止めたくない。

 いつだって瞼を閉じれば葵の顔が脳裏に浮かぶ。


「明日は来いよ?」

 その問いかけに俺は頷かなかった。

 学校に行っても、葵には会えない。
 葵がいない学校は俺にとって、つまらない場所だ。
 そしてこの日常もつまらない。

 颯太はなにも言わない俺になにか言いたそうな顔をしていた。
 それでも「じゃあ、また」と言って帰っていった。



「これは葵の日記?」

 颯太からもらった葵のノートを見る。
 勝手に見るなんていけないと思うが、手が伸びる。
 ページをめくっていく。

 一番初めのページを見て思わず目を開く。

『友だちなんてもういらない』

『嘘の笑みで、偽りの自分を演じてるほうが楽。
 そのほうが傷つかなくてすむ』


 葵は嘘の自分を演じていた。
 俺の知らないことばかりだ。

 そこから何枚かページが破られていたり、涙かわからないもので滲んでいたり、まともに読めないページが続く。


 ここからは最近の日記みたいだ。

『伊織と話すのは落ち着く。なんでだろう。
 初めて会った日なぜかはわからないけどはじめて会った気がしなかった』

『伊織が先生になるの向いてるって言ってくれた。
 うれしい。
 お母さんたちにもちゃんと話さないと。
 神社継げないって。大学に行きたいって』

『今日も言えなかった』


『伊織がいるとなんだか自然と笑える。
 伊織といるとたのしい。
 伊織はいつもわたしを笑わせてくれる』



『明日は誕生日。
 伊織が星空公園に来てって言ってくれた。
 たのしみだなぁ』

『誕生日の日くらい勇気を出して伝えるんだ 』

 その後のページは真っ白で何もない。


 葵は結局伝えられたのだろうか。
 だれかに自分の伝えたいことを。
 お母さんやお父さんに自分の夢のことを。

 俺のせいで全てを台無しにしてしまった。