「じゃあ、次はテーマだけど。どれにする?」
今度は鵜飼くんがみんなに訊く。
配られた書類にざっくり目を通す。
地域の活動、植物や動物、社会問題、文化、伝統。
この5つのテーマからどれか好きなのを選んで調べるみたいだ。
文化と伝統って一緒じゃないのかなと内心思う。
なにが違うのか全然わからない。
あ、植物や動物たのしそうだな。
もしかしたら桜の木のことを調べられるかもしれないし、それに動物は昔から好きだから。
たのしそう。
なんてにこにこ浮かれていると、
「文化たのしそう! 水原さんたちはそれでいい?」
西森さんが声を上げて、圧をかけるような視線を送る。
「うん」
由乃も文化がいいみたいで文化のページをうれしそうに見ている。
「……あ、うん」
由乃も鵜飼くんも西森さんに賛成なのに、わたしだけ、植物や動物がいいなんて言えるわけない。
また自分の意見を言わないで、飲み込んでしまった。
「えっと、ちょっと待って! もう決まったの?
俺は植物とかがいい!」
ずっと紙とにらめっこしていた高野くんが突然顔を上げて言い出す。
その瞬間、西森さんに笑顔がすっと消えた。
「えっと……高野くん? だっけ? もう決まったんだけど。
さっき高野くんの意見でじゃんけんにしたんだから文化でもいいじゃない!」
西森さん、今度は引く気がないみたいだ。
言い合いが始まってしまうんじゃないかと内心ハラハラしながらふたりを見る。
由乃も鵜飼くんもどうすればいいかわからないような顔をしていた。
「でもさ! 水原さんも植物がいいみたいだよ」
「……っ」
高野くんがいきなり言う。
ギョッとして目線をあげると、すべてを見透かしたようにこっちを見てにんまり笑う。
「水原さん、さっき頷いてたよ。だよね?」
すかさず西森さんはわたしに問う。
その瞳からは怒りも混ざっている。
「えっと……うん。文化で大丈夫だよ」
そんな西森さんの圧に断るなんてできない。
それに、一度頷いたんだから、変えられないよ。
「おっけ、じゃあ決まりね!」
西森さんの笑顔にほっとする。
よかった。
とりあえず丸く収まった。
少しムッとした顔で高野くんを見つめてると、高野くんはこっちに気づいてまた笑みを浮かべた。
「あの、高野くん。余計なことしないで」
帰り際、高野くんに声をかける。
わたしのことなんでも見透かさないでほしいと目で訴える。
でも、そんなのに気づいてくれるはずもなく、
「ん? なんのこと?」
目を横に動かして、とぼけてる。
「わたし、べつに文化でも全然いい!」
嘘を悟られないように平然と言う。
「へぇ、俺には嫌そうに見えたけどねっ」
「……わたし、西森さんを敵に回したくない。
だから、いいの!」
西森さんとはなるべく距離を置いて接していたい。
わたしとはこんな機会もなければ、話すことはないようなひとなんだから。
「なんで? 友だちなの?」
「いや……。べつに」
「なら敵に回しても関係ないんじゃない?」
高野くんが首を傾げる。
わかるわけない。
だれとでもすぐ仲良くなって、はっきり自分の意見を言える高野くんにはわからないよ。
西森さんはわたしのこと友だちだなんて思ってないと思うし、わたしだってべつに思ってない。
それでもクラスメイト。
あと約一年。嫌でも一緒の空間に居ないといけない。
せめて、嫌われないようにしないと。
クラスに居づらくなる。
「自分が我慢したほうが楽だからいいの」
高野くんはなにか言いたそうな顔をしていたけど、これ以上もうなにも言わなかった。
「葵、ちょっと神社の掃除頼んでいい?」
「あ、うん」
お母さんからほうきを渡される。
わたしは休日になると、神社の掃き掃除をしたり、お守りを並べたりするお手伝いをしていた。
すべては将来のためだ。
「葵が神社継いでくれるから安心ね」
お母さんがわたしのほうを向いてほほえむ。
「そうかな?」
疑問形で返すと「そうよ!」と返ってくる。
「お父さんだって、きっと葵と一緒に働けるのたのしみにしてるはずよ」
「……うん」
お父さんは神主で、神社を守る役目をもっていて、普段はほとんど神社のほうにいる。
だから、顔を合わせる機会もあまりないし、話をすることも少ない。
それでもお父さんはわたしと一緒に働けるのをたのしみにしててくれてるんだ。
「葵の巫女さん服いまからたのしみね! 絶対似合う、かわいいわ」
お母さんはうきうきとうれしそうな顔をしながら、軽やかに歩いていった。
言えるわけないよ。
こんなにわたしがこの場所で働くのをたのしみにしているひとがいるのに。
それを裏切ることはしちゃいけない。
わたしは余計な考えを頭から消して、掃除に集中した。
「じゃあここは水原さんたちでお願いね」
ドバっと渡されたメモ用紙。
"文化"について調べて、まとめるためのものだ。
それにしても、量が多い。
3人だし、できないわけではないと思うけど。
明らかに西森さんと鵜飼くんの分のほうが少なかった。
それでもわたしはなにも言えないから、変わりにいつものような笑顔をつくるだけ。
「わかった。がんばるね」
「わたしと鵜飼くんはこっちのほうで調べてまとめるから。
鵜飼くん、行こー?」
「うん」
まるでこっちは勝手にやるからそっちも勝手にどうぞみたいな感じで冷たい態度をとる。
同じ班なのに席も離れてるし、やっぱ西森さんはわたしたちと馴れ合うつもりなんてないみたい。
だったら、どうしてわたしたちの班と組もうとしたのだろう。