きみがくれた日常を





「由乃ちゃん」

 次の日の朝、由乃ちゃんが家に来てくれた。
 きっと、昨日たくさん泣いたのだろう。
 目が腫れていて、いまでも少し泣きそうな顔をしていた。


「実は……わたし、あおちゃんが伊織くんのとこ行く前にちょっと話したの」

「え?」

 由乃ちゃんの言葉で俺のメッセージを葵が見ていたことがわかる。
 既読はついていなかったけど、ちゃんと見ていたんだ。

 はっと息を呑む。俺のせいだ。
 偶然、運悪く、その場所にいたのではなくて俺が呼び出したから。だから葵は。



「伊織が話があるってなんだろ。告白だったらどうしよ! 最高の誕生日になる! って笑ってた」

 両想いだったんだ。
 いや、自意識過剰かもしれないけど、少し前から気づいてた。
  葵が俺に見せる笑顔はみんなに向けるのとどこか違っていたから。
 これも俺の勝手な思い込みなのだけれど。

 昨日は葵の誕生日だった。
 だからこそ最高の誕生日にしてあげたかったはずなのに、俺のせいで最悪な誕生日になってしまった。


「はい、これ。あおちゃんのお葬式の場所」

 由乃ちゃんが書いてくれたみたいで、小さな紙には丁寧な絵と字が並んでいる。

「俺は……行かないよ」

 行けるわけないじゃないか。
 俺のせい。俺のせいみたいなものなのに。
 葵のご両親にどんな顔で会えばいいのかわからないのに。

「……うん。それでも渡しとくね」

 じゃあ、と言おうすると由乃ちゃんが大きな声を出す。

「伊織くん!」

「なに?」

「伊織くんのせいじゃないから! 
 だからあんまり自分を責めないでね」

 顔に出ていたのか、由乃ちゃんは心配そうにこっちを伺う。

「……うん、またね」



 その日はどうやって一日過ごしたのかなんて覚えてなかった。
 気づいたら一日が終わっていて、朝になっていた。

 起きてリビングの方へ行く。
 まるで葵のことは夢なんじゃないかってまだ錯覚してしまう。
 ほんとに夢だったらよかったのに。


「伊織。今日、水原さんとこのお葬式の日なんでしょ」

 ソファでぼーっと寝転がってる俺に向かって、母さんは言う。

「え、なんで母さんが」

 なにも言ってないのに。
 なんで、知ってるんだ?

「昨日、公園付近で葵ちゃんのお母さんに偶然会ってね、それで……」

「俺は行かない」

「行きなさい」

「行かないってば!」

 少し乱暴に声を上げる。


「葵ちゃんのお母さん、あなたに話したいことをあるみたいよ。
 行ってきなさい。そして、最期(さいご)にちゃんとお別れくらいしてあげなさい」

 はい、と制服や数珠を渡される。
 まるでもうはじめから用意されていたみたいに。

 それにしても、葵のお母さんが。
 そんなこと言われたら行くしかないじゃないか。



 葵のお葬式会場の前に立つ。

 嫌だった。お葬式に行くのが。
 葵がもうこの世にいないって嫌でも実感させてくるこの場所が。


「伊織くん」

 俺に気づいた由乃ちゃんが小走りで駆けてくる。
 その目にはまだ涙を浮かべてる。
 親友が亡くなったのだ。泣くのは当然だ。

 なのに、どうして俺は泣けないんだろう。
 お葬式という場所が葵はもういないって言ってるのに、俺だってもう実感させられてるはずなのに、俺はどうしてもその事実を受け止めることができない。
 まだ信じられずにいた。

 中に入るとすぐ、葵の笑顔の写真が目に入る。

「ねぇ、由乃ちゃん。葵はもういないんだよな」

「……うん」

 由乃ちゃんが唇を噛み締めながら俯く。


 控え室の中を見てみると、葵のご両親や親戚、近所の人がたくさん来ていた。
 その場にいるのはなんだか気まずくて、由乃ちゃんと違うところに座って待つことにした。


「わたし、あおちゃんにお誕生日おめでとうって言えなかった。あおちゃんがたのしそうに話してるの聴いてたらすっかり忘れちゃって。
 夜、電話で言おうかなって思ってて。
 でも、もう二度と言えないんだよね。言えばよかったな……」

 由乃ちゃんは後悔が残ってしまった、と泣きながら言う。

 そんなこといったら、俺だって伝えたいこと何ひとつ伝えられなかった。

 "好き"
 たった二文字なのに、それすら葵に言えなかった。


 葵のご両親もおばあさんも由乃ちゃんもみんな泣きながら、葵のことを見送った。

 でも、俺はやっぱり泣けなくて、その光景を見て心のほうがひどく痛かった。