きみがくれた日常を



 プルルル。

 いきなり電話がなった。
 慌てて見るけど、葵の名前ではない。
 見たことない番号だ。

 それでも構わず電話を手に取る。

「はい」

「もしもし。わたし、由乃(ゆの)!」


「由乃ちゃん! あの葵のことなんだけど!」

「……うん。あおちゃんは」

 なにかを決意したように由乃ちゃんがゴクッと唾を飲み込む音が聞こえた。
 俺は由乃ちゃんが話し出す前に言葉を紡ぐ。


「なぁ、ニュース見た? 昼間起きた事故ってさ、結構身近でびっくりしない? 
 それってさ……まさか葵なわけないよな。
 ただ電話が繋がらないだけで。どこか家族で出かけてて……それでメッセージも既読にならないだけだよな。
 ただそれだけだよな?」

 わざと明るい口調で、早口になっていく俺に由乃ちゃんは肯定も否定もしない。
 きっとそれが答えなのだ。

「伊織くん。落ち着いて聞いね。あおちゃんは……」

 由乃ちゃんの話を聴いて、スマホが手から滑り落ちそうになる。

 そんな。嘘だろ。
 葵が……。

 それからしばらく経っても言葉ひとつさえ出てこなかった。
 ただただ、頭が真っ白で何も考えられない。
 いままで感じたことのないような気持ちに戸惑いながら、俺は床に座り込んだ。




 このままじっとして眠る気にはなれなくて、気づいたら俺は外へ出ていた。

「伊織? こんな夜中にどこ行くの?」

 母さんの言葉を無視して俺は由乃ちゃんから教えてもらった葵が運ばれた病院へと向かった。

 俺は病院に行って、どうするつもりなのだろう?
 俺が行っても邪魔なだけなのに。
 そう思うのに足は止まらなかった。


「あの、水原葵さんの友だちなんですけど……」

 受付に行くと、葵がいる場所のドアの前まで案内してくれた。
 ドアに手を伸ばしたとき、中からは泣き声が聞こえてくる。
 きっと、葵のご両親が泣いているんだ。

 なんだか入る勇気はなくて、俺は伸ばしかけた手を引っ込めて、その場を去る。

 病院内を歩いていると子どもが産まれたということで家族で泣きながら喜びあってる声が聞こえた。
 病院は産まれる場所で、でもそこで亡くなる人だっている。
 泣いていることは同じなのに、その事実は真逆。
 だれかの喜びの裏には他のだれかの悲しみが隠れているんだ。

 そのことを改めて知った俺は、重い足を引きずるように家に帰った。