4年後、俺はまた戻ってくることができた。

 葵に言われて、俺はあの後、諦めないで自分の気持ちを言葉にして父さんと母さんに伝えた。
 父さんは、「高校生になってしまうと思うけど、戻れるように頑張ってみるよ」と言ってくれた。
 母さんも、「伊織の大好きな街だもんね。わたしもなるべくなら叶えてあげたいわ」と笑ってくれた。

 だから、葵のおかげだ。
 葵がこの街にいる保証なんてどこにもないけど、会えたらありがとうって伝えたいな。

 高校生になった俺は進学校へと進んだ。



 入学式。
 いるはずないけど、どうしても " 水原 葵 " の名前を探してしまう。
 横から順番に名前を目で追っていくと、息が止まった。
 彼女がいただけでなく、同じクラスだったから。



「おはよう」

 わざわざ通らなくていい道を通って、彼女の前に来た。
 勇気を持って挨拶を交わす。

「……おはよ!」

 葵から返事が返ってくる。
 でも、それ以上はなにも話そうとはしない。

 やっぱり俺のことなんか憶えていないんだ。

 でも、それでもよかった。
 葵の近くにいられるなら。

 またあの無邪気な笑顔に会えるのなら。



 でも、いつまで経ってもあのときと同じような笑顔を見ることはできなかった。
 どこか上辺だけを繕っているような笑顔だった。
 あの後、中学のとき、なにかあったのだろうか。

 その謎は結局わからなかった。




 それから半年のときが過ぎ。
 葵との想い出はどんどん増えていた。
 少しずつ自然な笑顔も増えていき、あの頃の無邪気な笑顔も一度だけ見せてくれた。



『星空公園に来てほしい』
『話がある』
『ずっと待ってるから』

 送ってしまった。

 これでもう後戻りはできない。
 俺はいまから人生初の告白ってやつをしようと思っていた。
 相手は俺の初恋の人。


 ここは星がよく見える公園。
 葵と俺、ふたりのお気に入りの場所だった。
 ふたりの家のちょうど真ん中辺りにあるし、よくここで話したっけ。
 そういえば、小さい頃も。
 なんて想い出を振り返ってると、かれこれ一時間以上経っていた。

 遅いな。既読にもならない。
 忙しいのかな。なら、明日。いいや、だめだ。
 今日は8月20日で、葵の誕生日。
 誕生日祝うのと同時に告白する。
 結構前から決めていたことだ。今更変えない。

 それにしても、葵のことを考えて待つ時間全然苦じゃない。
 むしろ楽しい。

 緊張しているはずなのに、葵の笑顔を思い出していたら不思議と口が緩む。



 もう結構時間が経ったのに一向に既読にならないメッセージ。
 心配になって何回か、かけてみるけど繋がらない電話。
 次第に空は暗くなり、雨が降ってきた。
 雨宿りするために屋根のあるベンチへと移動する。


 何か、事故でもあったのだろうか。
 シーンとする公園には、救急車やパトカーのサイレンの音だけが響いていた。

 まだまつつもりでいたが、親から『そろそろ帰ってきなさい』と連絡が入った。
 仕方ない。そう思って諦めて家の方へ歩く。

 いままでこんなことなんてなかった。
 メッセージに気づかなくても、電話まで繋がらないなんて。おかしいよな。
 まぁ、既読になっていないのなら来るはずがない。


 気持ちと同じくらい重いドアを開けると、母さんが立っていた。

「あんた、今日どこ行ってたの?」

 少し怒ってるみたいだった。
 でも、俺はそっけなく返す。

「別に……」

「とりあえずご飯食べちゃって。片付かないから」

 はいはい、と返事をして、テレビを付ける。
 いつものようにアニメを見ようとチャンネルを変えようとすると、ニュースが流れ込んできた。


『次のニュースです。
 今日の昼13時頃、星空公園近くの交差点で交通事故が起きました。
 普通自動車とトラックが衝突し、16歳の歩道を歩いていた女の子が巻き込まれたとのことです。
 運転手共に重症で今だ意識は戻っておりません。
 女の子については頭部からの出血が多く、すぐに病院に搬送されましたがまもなく死亡が確認されました』

 リモコンが手から滑り落ちる。
 慌てて拾って、テレビを消す。

「可哀想に。あなたと同じ年の女の子じゃない」

 隣にいた母さんが呟く。

 嫌な予感が頭をよぎる。
 星空公園。16歳。女の子。
 既読にならないメッセージ。繋がらない電話。
 ただそれだけなのに最悪な可能性が結びつく。

 頭には昼間聞いた救急車のサイレンが響いていた。


 もう一度電話をかける。
 お願いだ、葵。出てくれ!
 でもどんなけ願っても電話が応えることはなかった。

「スマホはいいから先に食べなさい」

 母さんに注意されたから、一旦スマホを置いて食事をする。
 でも、頭の中は真っ白で味も匂いもわからなかった。


 ご飯を食べ終わり、自分の部屋に戻った。