きみがくれた日常を





「おまたせ」

 先に着いていた伊織に声をかける。

「……うん」

 聞こえた言葉はいつもより少し素っ気なかった。

 それにしても、伊織も浴衣着てきてくれた。
 かっこいい。下から上までまじまじ見てると、伊織が視線を下に逸らした。



「浴衣、似合う。……かわい」

 めちゃくちゃ小さい声だったけどちゃんと聴こえた。

 わたしの浴衣は自分の好きな水色で、髪はお母さんにおだんごにしてもらった。

「伊織もかっこいいよ?」

「…ありがと」

 少し照れた顔をした。
 その顔を見てたら急に緊張しちゃって、顔をなかなか合わせることができなかった。



「どこから行く?」

 そう聞くと、もうはじめから決めてたみたいに言う。

「まずは焼きそば! 海のときに颯太に取られたし」

「ほんと好きなんだね」

 海のとき、食べれなかったのは可哀想だとは思うけどそんなに好きだとは思わなかった。



「なんか家で食べる焼きそばとは違う味しない?」

 海で食べるときもその違う味をたのしみたかったのかな。


「ちょっとわかるかも。なんか特別みたいな?」

「そう、それ!」

 指をさしながら伊織はたのしそうに笑った。



「ん〜! うまっ!」

「ほんと、美味しい!」

 焼きそばをひとつ買って、ふたりで半分こした。
 いつもと違う場所で食べる焼きそばはすごく美味しかった。

「いままででいちばん美味しいかも!」

「もう大袈裟なんだから……」

 そうは言ったけど、わたしも実は思ってた。
 伊織と食べるものはなんだって美味しいけど、今日のはいちばんかも。




「葵はどこ行きたい?」

「わたしはべつににどこでも……」

 そう言いかけてはっとする。
 どこでも、じゃない。わたしだって行きたいとこある。

 ちゃんと自分の心の声も聴くって決めたんだから。


「どこでも?」

「……りんご飴食べたい」

「よし、行こ!」

 自然とわたしの手を取っていく。
 こういうことさりげなくしてくれて、引っ張ってくれる姿も好きだなと思う。



「はい、伊織も一口食べる?」

 食べかけだけど、伊織のほうにりんご飴を向ける。

「え、いいの? 食べる!」

 伊織が口をつける。
 そして、「これも美味しい!」と零す。

 その後、口にしたりんご飴はさっきよりも甘くて蕩けそうな味がした。




「ねぇ、ここで写真撮ろうよ!」

「え、写真……」

 写真という言葉で伊織の表情が少し曇る。

 あ、そういえば海のとき、伊織言ってたっけ?
 撮っても意味ないとか。
 写真、あんまり好きじゃないんだよね、たぶん。
 だったら、無理しなくてもいい。

「やっぱりやめ」

 やめよう、そう言おうとすると伊織がわたしの声を遮るように言う。

「ううん。撮ろうよ!」

「でも、伊織……」

「葵が撮りたいなら俺はそれを叶えてあげたいから」

 伊織。
 ありがとう、と心の中で呟く。

 海のときとは反対にわたしが撮ることになって、スマホを腕いっぱいに伸ばす。
 なんか緊張して手が震える。
 ちゃんとボタン押せるかな。

 わたしの手の震えに気づいたのか伊織もわたしのスマホに手を添える。

「じゃあ、ハイチーズ!」

 伊織の声と共にカシャッというシャッター音が小さく鳴り響いた。

 そのままスマホを戻して撮った写真を確認する。

「うん。ばっちし! ありがとね!」

「いえいえ!」

 言葉とは裏腹に伊織の顔は少し悲しそうな、残念そうな顔をしていた。
 でも、やっぱり写真が嫌だったのかなくらいにしか思えなかった。



 それからわたしたちは金魚すくいのお店に来ていた。

「あー、もう破れちゃった……」

 金魚すくいって結構難しいんだな。一匹も取れなかった。

「伊織はどう……!?」

 伊織のほうを見て思わず目を開く。
 伊織の手のお茶碗の中にはたくさんの金魚たち。
 ポイはまだ少しも破けてない。

「よっしゃ! これで20匹目!」

 伊織は金魚すくいが上手い。
 一匹また一匹と取っていく。

 そんなに取ってどうするんだろ。
 後先考えず行動するのなんて、伊織らしいけど。

「お兄ちゃんすごい!」

「かっこいい!」

 いつの間にか周りにはたくさん人がいて、子どもたちは目をキラキラさせて伊織のことを見てる。

 子どもたちに隣を空けるため、わたしは伊織の後ろに退く。

「こうやって取るんだよ」

 伊織は子どもたちに丁寧に教えていて、そのほっこりする光景に微笑ましくなった。

 ふと屋台のおじさんの顔を見るともうやめてくれとでも言いたそうな顔をしていた。
 その顔を見てこっそり笑ってしまったのはだれにも内緒だけど。