きみがくれた日常を




 花火大会当日。

「今日は由乃ちゃんと?」

 浴衣の着付けをしてくれてるお母さんが帯を結びながら言う。

「そうじゃないよ」

「もしかして、彼氏?」

「違う違う!」

 思いっきり否定する。
 もう、なんですぐ彼氏とか言うのかな……。


「わたしの大切な人、かな?」

 嘘はついていない。
 伊織はわたしの彼氏じゃない。
 でも、友だちっていう言葉も違う。

 お母さんは驚いたような、でもどこかうれしそうな表情を見せた。

「ん? なに!」

「葵がそんな顔もできると思ったら嬉しくてね」

 そんな顔ってどんな顔よ。
 そう思ったけど、詳しくは訊かないでおく。
 きっと顔が緩んでるはずだから。

 だって、素直に嬉しい。
 好きな人とふたりで花火大会に行けるなんて。



「あの、お母さん。お父さんと仲良くしてね?」

「え?」

 わたしがぽつりと溢すと、鏡越しでお母さんと目が合う。

 今日の朝、お母さんとお父さんがちょっと言い合ってたのを実は聞こえていた。
 詳しくは知らないけど、またお父さんがお母さんを怒らせるようなことをしたのだろう。


「わたし、お父さんばっか悪いとは思わない。すぐ怒るお母さんもちょっとは悪いのかな、と思う。
 それにふたりが喧嘩してると、家の空気が嫌な空気に変わるから、だから……」

 続きを言おうとすると、お母さんが後ろから私を抱きしめた。

「……ごめんね、葵。無理させてて」

 首をふる。
 すると、お母さんがゆっくり私を離す。

「思ってることはちゃんと伝えないと。
 いまがずっと続くわけじゃないから、ってわたしの大切な人が言ってたの」

 伊織はきっとわたしにも後悔しないように伝えてくれたんだと思う。

「……そっか! 素敵な人ね、あなたの大切な人」

「うん!」



 お母さんは最初から最後まで上機嫌で、まるでわたしと一緒に花火大会行くみたいにうきうきしていた。

「じゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 お母さんに手を振って急いで待ち合わせ場所に向かおうとする。
 伊織も浴衣着てるかな。たのしみだな。