きみがくれた日常を






 朝、ベッドから起きようとするとクラっと目眩がした。

 やばい、頭痛い。
 夏風邪でも引いたのかな。

 夏休み初日からついてないなと思う。
 すると、勢いよく部屋のドアが開いて、お母さんが入ってきた。

「葵。お母さんね、今日高校の同窓会だから。
 行ってくるわね! 神社のお手伝いするのよ?」

 同窓会のはがきをうれしそうに見つめている。

 服もおしゃれしてここ最近でいちばんうきうきしてる。
 同窓会だし、あたりまえか。

 わたしが風邪だって言ったら、お母さんは同窓会休んで傍にいてくれるかもしれない。
 でも、そんなのだめだ。せっかくの同窓会なんだから。
 まずは神社の掃除して、それから大人しくしていればきっと頭痛も治まるはず。

「わかった。行ってらっしゃい」

 そう返すと、お母さんが更にわたしに近づいた。

「大丈夫? 顔色良くないけど」

 え、気づいた!?
 やっぱり親となると子どもの顔色とかわかっちゃうのかな。
 それでも、心配かけないようになるべく自然な笑顔をつくる。

「大丈夫だから、お母さんは行って」

「無理しないでね」

 よしよしとわたしの頭撫でて、ドアを閉じた。

「行ってきまーす」

 最後まで上機嫌なお母さんにまた、行ってらっしゃいと返した。




「はぁ……暑い」

 ほうきをもっただけなのに汗が出てくる。
 上を見ると、太陽の日差しが強くてくらくらする。

 もうはやく終わらせて寝よ。
 いつもより少し雑になっちゃうかもだけど。


 階段のところの砂を掃いていると、よく知っている声が耳に届く。

「あーおちゃんっ」

 その声の方に目を向けると、由乃と伊織、颯太くんまでいた。

「由乃たち、どうしたの?」

 このメンバーで来るということは遊びのお誘いかなと悟る。
 そして、わたしの予感は的中した。

「あおちゃんを遊びに誘いに来たんだけど、お手伝い中?」

「あ、うん。だから、またにしてほしい」

 やっぱり遊びのお誘い。
 今日はお手伝いがなくても遊べなさそうにないんだよな。
 たぶん由乃たちのテンションについていけない。
 それに申し訳ないけど、そういう気分でもない。



「葵の家、神社だったんだな、すげー」

 大きい鳥居をまじまじ見ながら、感動してるような声を出す颯太くん。


「じゃあ、また今度来るね!」

「ごめんね! またね」

 手を振って笑う。
 よし、最後まで体調悪いの気づかれなかった。
 ほっとしたのも束の間で伊織がいきなりとんでもないことを言い出す。

「なぁ、俺らも手伝わね?」

「え?」

 手伝うって神社の掃除のことだよね。
 そんなの迷惑じゃん! となんとか頭を回らせる。


「それいい! どうせ暇だから」

「俺も俺も」

由乃も颯太くんも伊織に賛成する。



「え、でも迷惑じゃ!」

 友だちに、こんな暑い日に手伝わせるなんて迷惑でしかないと思うのに。

「あおちゃん、遠慮しないの!」

 由乃がビシッと言う。
 みんなは少しも嫌な顔しないで笑ってくれる。

「じゃあ……お願いします」



 みんなにほうきを渡して、地面に落ちてる葉っぱやごみを片付けてもらう。

 わたしはというと、日のあたらないところにある仏像をタオルで綺麗に拭いている。

 ほうきの数はそんなにたくさんないから、仕方がない。
 それに、ここにいれば日もあたらなくて涼しいからちょっとは気が保てる。
 友だちにも心配かけたくない。




「葵、ゴミ捨てるとこ案内して」

「あ、うん」

 伊織が傍に来る。
 でも、ゴミ袋の中はそれほど溜まっているわけじゃなく、むしろ少なかった。
 まだ入りそうなのに、と疑問が湧く。

 ここだよ、ってゴミ捨て場まで案内するけど伊織の足は止まらない。
 黙って着いていくとベンチが出てきた。



「ここ座って?」

 頭にハテナを浮かべながら言われたように座る。

「はい、これ」

 伊織がくれたのは冷たく冷えたペットボトルの水。
 ちょうど喉乾いてたからうれしい。
 そう言おうとするけど、伊織の次の一言にドギマギさせられる。

「体調悪いんでしょ?」

「な、なんで?」

「わかるよ。葵、無理して笑ってるから」

 無理して笑ってるつもりはなかったけど。
 伊織にはバレちゃったか。
 あはは、と苦笑する。


「お母さんはいないの?」

「同窓会に行った」

「葵のことだから大丈夫だって言ったんでしょ」

 図星をつかれてなにも言えなくなる。
 ほんとになんでもわたしのことお見通しだな。

「大丈夫って言い張るの葵の優しいとこだけど、無理するのはよくないよ? 遊びの誘いを断ってたのは正解だと思うけど……」

 ということははじめから気づいてたってこと?
 わたしの疑問を見透かしたように伊織は笑った。

「まさか、伊織。だから、手伝うって?」

「葵が倒れたら困るから」

「……ありがと」

 きっと友だちとして心配してくれているだけだと思うけど、それでもうれしい。



「後は俺らに任せて。葵は部屋で休んでなよ」

「それはちょっと迷惑が……」

 わたしの仕事なのに伊織たちに全部任せるなんて。
 それはさすがにいけない、とわたしの心が言っている。
 これは本心だ。

「迷惑じゃないから。なんなら葵が倒れたほうが迷惑だからね」
 
 ビシッと言われてなにも言い返せなくなる。

「……じゃあ、お願いします」

 本日2回目のこの言葉。
 お願いします、なんて友だちにあまり使わないから、少し変な感じがした。

「まかせて!」

 伊織はわたしが頼ってくれたのがうれしいのか、どこか張り切っていた。
 伊織が家のほうまで送ってくれて、またと手を振る。

 部屋に入って、そのままベッドに倒れ込む。

 伊織は些細なわたしの変化にも気づいてくれる。
 やっぱり好きだな。
 そう思いながら、目を閉じる。




 次、目を開けたときにはもう夕方で、すっかり体調もよくなったと思う。
 とりあえず頭痛はなくなった。

 時間を見るため携帯を開くと複数のメッセージがきているのに気づく。

『これからは絶対無理すんなよ!
 なんか困ったことあったときは俺にまず言って』

 最初は伊織からで。
 伊織の優しさがつまった言葉に胸が暖かくなった。

『あおちゃん! 体調の悪いの気づかなくてごめんね。
 親友なのに……。お大事にしてください!』

 由乃からもきていた。
 かわいいスタンプでも謝ってる。
 由乃が謝る必要なんてないのに、隠していた私が悪いのだから。

 颯太くんからはない。
 あ、そういえば、颯太くんの連絡先知らないっけ。
 今度会ったら聞いてみようかな。