夏休み前最後の学校。
最終下校時刻まで伊織とわたしは屋上で過ごすことにした。
「……これで最後か」
「え? なんて?」
なにか伊織が言ったはずなのに、はっきりとは聞こえなかった。
「なんでもない。こっちの話だから」と伊織は空を見上げて言う。
伊織はよく空を見上げているけど好きなのかな?
でも、わたしも空は好きだ。青くて広くて、飛び込んでしまえばどこへだって行けそうな気がする。
遊園地に見たときと少し違う茜色の空がなんだかわたしと伊織を見守ってくれている、そんな気がした。
「なぁ、葵」
いつもより少し真剣な顔をしてわたしを見つめる。
「人っていつ死ぬかわからない。だから、言いたいこと、伝えたいことあるなら後悔しないようにいま言わないと。俺は言えなかったことがたくさんあった。
だから、俺は……」
想像していた以上のことを言われて、思わず唾を飲み込む。
伊織はなにを言うつもりなの?
ただならぬ雰囲気に押しつぶされそうになる。
「俺は……」
なにかを言おうと口を開けたけど、伊織はまたその口を閉じてしまった。
その顔はまるで迷子のように、戸惑っている顔をし ている。
言ってもいいか、迷っているみたいだった。
伊織のそんな表情を見て、わたしは声を出す。
「いいよ。言わなくても」
「え?」
「確かに言いたいことがあったらいま言ったほうがいいとは思う。
でも、伊織はまだ迷ってるんでしょ。その答えに」
わかるよ。
わたしだって、伊織のことずっと傍で見てきたんだから。
伊織がなにを言おうとしてるかまではわからないけど、大切な話をしようとしていたことだけはわかる。
「……ごめん」
うん、と頷く。
べつに伊織がそんな顔する必要ないのに。
泣き出したい、そう叫んでいるようだった。
「ひとつだけ、質問してもいい?」
これだけはどうしても言いたかった。
伊織は「なに?」という顔をしている。
「伊織。わたしになにか隠してることない?」
伊織がふいに見せる悲しそうな顔はだれかを喪ったからだと思っていた。
それももちろんあるんだと思う。
でも、それだけじゃないって思うんだ。
もっとなにか大きな秘密を隠しているんじゃないかってそう思うのはわたしの勘違いなのかな。
「……じゃあ俺が未来から来たって言ったら信じる?」
「え、?」
「なんてな! そんなわけないから安心しろ!」
冗談か。びっくりした。
でも、未来から来たってどういうことなんだろ?
伊織はいつもの笑顔のはずなのになにか引っかかってしまった。
でも、これ以上はもう何も訊かない。
伊織が話してくれるまで信じて待つ。
そう思った。