わたしたちがちょうど乗り終えると、由乃たちがこっちに手を振りながら帰ってきた。


「伊織はどこか行きたい?」

 颯太くんが伊織に訊く。
 少し考える素振りを見せて、あれ、と指をさす。

「俺は……お化け屋敷行きたい!」

「え? お化け屋敷?」

 たしか、ここのお化け屋敷って結構怖いんじゃなかったけ。
 大丈夫かな?
 でも、みんながいるからきっと大丈夫だよね。


「それでは皆様、行ってらっしゃいませ!」

 中に入ると、係員さんの明るい声とは反対で不気味な音が流れる。
 それに思った以上に暗い。
 ゆっくりと歩いていくけどいかにもなにかが出てくるような空間だった。

「由乃はお化け屋敷大丈夫だっけ?」

「……たぶん。でも、全然平気ってわけじゃないから」

 やっぱ由乃も平気じゃないみたい。
 恐る恐る歩いていると、

「わぁ!」

 颯太くんがいきなり大きな声を出す。
 その声にみんなびっくりして立ち止まる。

 伊織が反応して颯太くんの肩を軽く叩く。


「颯太、声でかい! なんかあった?」

「な、な、なんか上から垂れてきたと思ったけど、たぶん気のせい!」

 めちゃくちゃ動揺しながら話す。

 もうなんなんだよと笑う。

 颯太くんがこんな感じでいちいち大きな声で反応してくれるからまだちょっと恐怖が和らぐけど、それでもまだ少し怖い。


「由乃、颯太くんの隣行ったら?」

 ふたりには聞こえないようにコソッと話す。

 颯太くんはひとりで先頭を歩いてるだけだし、隣は空いてる。

「うん」

 由乃が颯太くんの隣に行ったのを見て、わたしは伊織の隣に行く。



「よくできてんな」

 伊織は怖がるどころか飾りや凝ってる所を感心しながら歩いていた。

「伊織は怖くないの?」

「俺はお化けより怖いもの知ってるから、全然平気」

 なんだろう。
 お化けよりも怖いもの?
 わたしには検討もつかないけど、聞きたいとも思わないな。


 それから様々な仕掛けがあって、その度に声を出していたら疲れた。
 出口の光が希望の光かと思ったくらいだ。



「生きた心地がしなかった……」

 やっと現実に戻れた気分。
 長くて怖かったお化け屋敷の旅も無事終わって、そろそろ最後の乗り物かな。





「最後はやっぱ観覧車!」

 由乃が大きな観覧車を指さす。
 そこに向けてみんなで歩き出す。

「颯太くんは伊織と乗りたい?」

「べつにだれとでもいいけど?」

 コソッと颯太くんに訊くと、素っ気なく返された。

 颯太くんがいいなら、みんなで乗るよりふたりでわかれたほうがいい。

「由乃。わたし、伊織と乗るから颯太くんとふたりで乗っておいでよ」

「うん」

 ありがとう、と由乃が小さく呟いた。



 観覧車の傍まで行くと「4名様ですか?」と観覧車のお兄さんに言われる。

「いえ、」

 ふたりずつでと言おうとすると、横で伊織が声を出し「ふたりずつでお願いします」と言った。

 わたしが由乃とこそこそ話してるの気づいてたのかな。

 先に乗った由乃と颯太くんを手を振りながら見送る。
 そしてわたしたちも観覧車の中へと足を運ぶ。

「伊織も由乃のために? ありがとね!」

「え……あぁ、まぁ、そう」

 曖昧な返事が返ってきた。


 さっきは由乃と颯太くんのためを思ってこうしたけど、よくよく考えてみたら伊織とふたりっきりなんだよね。

 しかも、結構長い!
 やっぱ4人で乗ればよかったかな。

 意識したら、なんか緊張してきた。
 男の子とふたりきりでこんな密室にいるなんて。
 伊織のほうを見てみると景色を見ずに下に目線を下げていた。



「ねぇ、なんでなんも話さないの?」

 もう少しで頂上につくのに、伊織はずっと黙ったままだ。
 体調が悪いとかではなさそうだけど。

「葵。どうしよ、俺、観覧車だめだわ」

 いきなり手で顔を隠して俯き始める。

「そ、そんなこと今更言われても!」

 乗ってからもう結構経つし、なんならもう頂上に近い。
 観覧車は乗ったら長い間そこから出ることはできないし、苦痛でしかないよね。
 伊織、大丈夫かな?
 表情が見えないから、どんな顔しているのかわからない。


「前は乗れた気がすんのに久しぶりだとだめだわ」

 はぁ、とため息をひとつ零す。

「いまなら葵がお化け屋敷で生きた心地しなかった気持ちわかるわ」

「あはは、なにそれ!」

 つい、笑ってしまった。
 すると、伊織が少しムッとした顔をする。

「笑わないでよ」

「ご、ごめん。でも、いましか見えない景色を見ないと勿体なくない? ……なんて、観覧車だめな人にこんなこと言ってごめんね!」

 自分の思ったことを言ったけど、言わないほうがよかったな。
 伊織は怒ったかな? 呆れたかな?
 すると、目線を下から上にあげた。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

 そう言いながら、伊織は窓の外を少し見る。

「人ってあんな小さく見えるのな」

 伊織から出た感想は一言だけだった。
 それ以上はもうなにも言わないで、ただただ歩いている人たちを窓越しから見ていた。

 この景色、伊織の目にはどう映ったのかな。



 長いような短いような観覧車の旅も終わり、地上へと着く。
 伊織はやっと地面に着いた安心感で笑顔になっていた。

「なぁ、葵! 見てこれ! 綺麗じゃない?」

 伊織が指さすほうには綺麗な夕焼けが見えた。

「いましか見えない景色だな!」

「そうだね!」

 わたしが言った言葉をこういう風に使ってくれるのうれしいな。
 いましか見えない景色を目に焼きつける。


「俺、こういう空好きなんだよな……」

 わたしはそうやって笑う伊織の顔が好きだな。
 笑顔だけじゃなくて、優しさも行動も全部好き。

 うん。
 自分の中で強く結んでいた紐が解けた感じがした。

 もう認めてしまおう。伊織が好きなんだって。
 伊織がまだ初恋の子が好きかもだなんて関係ない。
 わたしはいま、伊織の隣にいる。
 その子よりわたしが伊織にとっていまはいちばん近い存在だって思う。
 わたしの努力次第で、わたしのことを好きになってくれるかもしれない。

 今日、わたしはこの想いを認めた。
 伊織といるといつもたのしくて、それでいてドキドキさせられる。変わろうと想える。
 きっと、これが恋ってやつなんだ。