きみがくれた日常を




 クロちゃんは一旦伊織に預かってもらい、わたしはお母さんの元へと急ぐ。
 神社の掃除をしているみたいですぐ見つかった。

「あの、お母さん。わたし……」

「ん? なに?」

 子猫を飼いたいって言ったらなんて言うかな。
 だめって反対されるかな。
 神社に猫なんてって思うかな。
 そもそも猫嫌いかもしれない。

 そう思ったら、言おうとしていた言葉がどんどん沈んでいく。

「……やっぱなんでもない!」

 それだけ言い残してわたしはまた伊織のところへ戻ってしまった。




「わたしのばかぁ」

 その場に座り込む。
 伊織に抱えられたクロちゃんをチラッと見えみるとわたしのことなんて見ずにぷいと顔を背ける。

 なんだろう。
 お母さんを前にすると言いたいことが言えない。

 わたしはまだ弱いままだな。
 いや、べつに強くなったなんて一ミリも思っていないんだけど。


「そんなに緊張しなくてもきっと大丈夫だよ」

 伊織が優しく頭をぽんぽんと撫でてくれる。
 その仕草は少し照れくさい。


「伊織。背中押してほしい」

「え?」

 押していいの? とジェスチャーをする。
 どうやら違う意味で解釈をしているみたいだった。

「そうじゃなくて、最後の一押しをしてほしいの。
 伊織に背中押してもらえば言える気がするから」

 伊織はいつもわたしに勇気を与えてくれる。
 だから、お願い。と目で訴える。

 すると「任せろ!」と手に気合いを入れ始めた。
 何か魔法でも出すのかなってくらい念じている。
 そんなことする必要ないのに、と笑う。


「葵なら大丈夫。絶対言える!」

 ぽんと背中を押してくれた。
 言葉だけでもよかったけど、伊織の勇気を身体越しにももらえた。

「……ありがとう、行ってくる!」

 伊織にお礼を言って、再びお母さんの元へと走る。