にゃー。

 伊織と街をぶらぶら歩いていると、どこからか子猫の声がする。
 その声は消えそうなくらい小さくて一瞬見逃してしまいそうになった。

「葵、こっち!」

 伊織に手招きされて行った木の下には子猫がいた。

 ダンボールに入っていて、全身が真っ黒な猫。
 そして、毛並みがボサボサで少し埃も被っていた。

「捨て猫かな……」

 こんな小さな子猫を捨てるなんて。

「あ、名前書いてある」

 伊織がその子に付いていた首輪の名前に気づく。
 首輪ということはだれかに飼われていたみたいだ。

 "クロ"
 毛並みが黒いからかな。
 安直な発想だとは思うけど、かわいい名前だ。



「クロちゃん、どうしよ?」

 わたしが訊くと、伊織はポケットに入れていたハンカチを取り出す。

「まずは身体を綺麗に拭いてあげよう」

 水につけ、しっかり絞ったタオルでクロちゃんの身体を優しく拭いてあげてる。
 クロちゃんはまだ にゃーにゃーと鳴いてるけど、どこか気持ちよさそうにも見えた。


「うん。だいぶ綺麗になった!」

「かわいい!」

 まだ汚れてた時は気づかなかったけど、この子すごく毛並みが綺麗。
 クロって名前を付けたくなるのもなんだかわかる。

 人懐っこい子猫ですぐ抱っこできたり、頭を撫でさせてくれたりした。
 それだで癒しになる。
 動物は昔から大好きだ。



「伊織、この子どうする?」

「ごめんけど、俺は飼えない」

 伊織はなぜだかわからないけど飼えないみたいだ。
 わたしの家はどうだろうな。
 お母さんがなんていうか次第だ。


 とりあえずクロちゃんを連れて、友だちの家に(まわ)ることにした。
 ダンボールの中に大人しく座っていて、とても行儀のいい子猫だ。
 なのになんで捨てられてしまったんだろう。



 まずは由乃の家。
 玄関から出てすぐ「かわいい!」とクロちゃんのことを見て目を輝かせていた。
 でも、すぐその顔は残念そうな顔に変わる。

「ごめん、あおちゃん。わたしの家にはリンがいるから」

「そうだった!」

 由乃の家にはインコのリンちゃんがいた。
 中学のころはよく一緒に遊ばせてもらっていたのに忘れるなんて。
 リンちゃんにごめんと心の中で謝った。

「由乃ちゃん、インコ飼ってるんだ。
 たしか颯太も飼ってたような……」

 横にいた伊織が思い出すように言うと、由乃はいきなり大きな声を出す。

「ほ、ほんと?」

「うん。おそろいだな!」

 由乃は、伊織の言葉に少し頬を赤く染めた。
 そんな顔を見ていたら、なんだか胸がざわざわした。
 由乃ってもしかして……。

 その後は考えないようにした。



 颯太くんの家にも一応廻ったけど、インコ飼ってるか以前の問題だった。
 お母さんが猫アレルギーだから飼いたくても飼えないらしい。

 由乃の家を廻った時も思っていたけど、他の3人が飼えないなら。

「わたしが飼おうかな」

 ぽつりと零れた独り言。
 だけど、伊織はちゃんと聞いてくれてた。

「え、大丈夫なの?」

「うん。クロちゃんを見捨てるわけにいかない!
 だから、お母さんに話してみる」

 よし! お母さんの説得がんばらなくちゃ。
 わたしが決意すると、クロちゃんはまるで応援してくれているみたいに、わたしに向かってにゃーと鳴いた。