きみがくれた日常を



 伊織に伝えたいことができたから彼の姿を探す。
 でも、教室にはいない。一体どこ行ったのだろう。

 するとある場所が思いあたる。

 屋上。
 前に一度、伊織とお弁当を食べた場所だ。
 なぜだかそこに伊織がいる気がして、わたしの足は屋上へと向かう。

 屋上の扉を開けると、生暖かい風が吹いた。
 その正面には空を見上げて、なにかを考えているような伊織の姿があった。

「伊織」

 そう名前を呼ぶと、いつものような笑顔で振り向いてくれる。
 この笑顔を見ると、どこか安心する。
 わたしの大好きな笑顔だ。

「お、葵! どうした?」

 伊織の隣に並んで、同じように空を見上げながら話す。

「由乃ね、わたしの過去のこと知ってたって」

「そっか!」

 うんうん、と頷きながら話を聴いてくれた。

「ちゃんと話せた?」

「うん」

 前よりもっと仲良くなれた気がする、そう話すと伊織は自分のことのようにうれしそうな顔をする。


「ありがとね、伊織」

 今日いちばん伝えたかった言葉。
 伊織にはいつも助けてもらってるから。

「由乃ちゃんとのこと? 全然だよ」

「それだけじゃなくて、今日西森さんから助けてくれたじゃん」

「あぁ、びっくりしたよ。葵があんな風に言うなんて」

 思い出すように斜め上を眺めた。

「いままでのわたしだったらたぶん言えなかったと思う。自分は及川さんと友だちじゃない、関係ないからって見て見ぬふりすれば楽だから。でも、今はそれじゃ自分のことをもっと許せなくなる。
 伊織がわたしに変えるきっかけをつくってくれたんだよ」


「それでも、もっと俺がはやく登校していけばよかったな」

 あーあ、と空に向かって手を伸ばす。

「え、伊織は助けてくれたじゃん。それだけで充分だよ」

 これまで助けてもらってることを思ったら、もう充分過ぎるくらいだった。

「伊織のおかげ」

「そっか」

 素っ気なく返されたけど、どこかうれしそうだった。



「及川さん、感謝してたでしょ?」

「うん」

 めちゃくちゃ感謝された。
 何度も「ありがとう」って言ってくれた。


 大丈夫。
 このクラスの子たちはほんとはみんな優しいはず。
 いじめはもう起こらない。
 もし起こってもわたしが何度でも助ける。

 人は大勢の見方でいたくなってしまうもの。
 及川さんの味方をすれば、今度は自分がいじめられるんじゃないかって思ってしまう。

 なかなか動けないよね。
 わたしだって、はじめは動くのをためらったのだから。
 
 西森さんだってふざけてただけ。
 ふざけてただけでもやっていいことと悪いことがあるけど、あのあと、ちゃんと及川さんに謝っていた。

 放課後、空き教室でこっそりと。

 きっと、根っからの悪い人じゃない。

 まだ西森さんのこと苦手か訊かれたら苦手だけど、悪い人じゃないって思いたいな。