朝、登校すると妙に教室が騒がしかった。
なんだろう。
教室に入ってもおかしな所はない。
自分席に着こうとすると、あることに気づいた。
及川さんの机に黒いマジックで悪口をかかれていることに。
西森さんたちが及川さんを見て嘲笑しているからそれをやったのは西森さんたちだと気づく。
及川さんは体が弱くてよく早退したり、休んだりしている。
それを西森さんはよく思ってなかった。
いつも仮病でしょ、とか友だちと話していた。
及川さんは、下を向いている。
それはまるで涙を隠してるようにも見えた。
わたしはどうすれば。
見て見ぬふりすればもちろん楽だ。
及川さんとはべつに友だちじゃない。
話したこともない。
でも、助けないと。
わたしのときはだれも助けてくれなかったけど。
自分が助けてもらえなかったからって一緒の空間にいる人を助けない理由になんてならない。
及川さんが前のわたしと同じ気持ちなら。
わたしは怖くても西森さんに立ち向かう。
でも、またわたしが標的になったら……。
いや。今度は大丈夫。
由乃だって、伊織だっている。
ふたりの姿が脳裏に浮かぶ。
あのときと違ってひとりじゃないから、きっと大丈夫。
「あの、西森さん! これはやりすぎ! ……なんじゃないでしょうか?」
最初はクラス中に響く大きな声を出したが、情けないけど声がだんだん小さくなっていく。
みんなの目線がわたしに集まる。
緊張する。怖い。いますぐここから逃げてしまいたい。
でも、ここで逃げたらわたしはまた変われない。
「いきなりなに? 水原さんには関係なくない?」
「そうかもだけど……。これは」
いじめだよ、そう言いかけたけど言葉を呑み込む。
簡単にこの言葉を使っちゃいけない。
及川さんにだってプライドがある。
取り消せない。言葉は取り消せないから。
及川さんをこれ以上傷つけちゃだめだ。
「これは、なに?」
西森さんが訊いてくる。
「これは……間違ってる! 及川さんに謝って!」
「へぇ。いつもは自分の意見なんか言わないくせにね。
どういう風の吹き回し?」
「やっていいことと悪いことの区別もつかないの?
高校生になって、恥ずかしくないの?」
そう叫ぶと、西森さんがこっちを睨む。
そして、手にもっていたペットボトルの水をかけられそうになる。
咄嗟に目を瞑る。
でも、いつまでも水はかからなくて、よく知っている声が聞こえた。
「なぁ、ガキみたいなことしてんじゃねーよ!」
伊織の声だ。
いつもと声色が違くて、本気で怒ってることがわかる。
ゆっくり目を開けると、伊織が西森さんの手を掴んでて、わたしを助けてくれていた。
「こんなことしてたのしい?
いましかないこの大切な一瞬一瞬をこんなくだらないことしてるなんていいの?
ここでやめないときみは一生後悔するよ」
「……っ」
西森さんはなにも言わないで廊下へと飛び出していった。
「及川さん、ちょっと机いい?」
「あ、うん」
ぞうきんを絞って机の上を拭く。
よかった。すぐ消えそう。
しっかり擦れば跡も残らないだろう。
「あおちゃん、わたしも手伝う」
「俺も!」
由乃と颯太くんがぞうきんを持ってきてくれた。
それからクラスの子たちも消すの手伝ってくれたり、及川さんに普通に話してたりしてくれた。
その光景を見てすごく安心した。