きみがくれた日常を



 次の日。

「おはよー!」

 扉を勢いよく開けて、大きな声でクラスのみんなに挨拶してる子がいた。

 髪色が茶色でシャツのボタンの一番上だけ外している少し着崩した制服。
 昨日は見たことないから、転校生の子かな。

 最初はみんなびっくりしていたみたいだけど「おはよー」と次々と返していた。



 トンと隣で荷物を置く音が聞こえる。
 やっぱり転校生の子だ。

 どうしよう。
 やっぱ、声かけないとだよね。
 緊張するけれど、友だちをつくるチャンスなのだから。

 戸惑いながらわたしが立って口を開こうとすると、

「あ、俺、高野伊織(たかのいおり)。よろしくな!」

 こっちを向いてにっこり挨拶してくれた。
 先程とおんなじ元気で明るい声に安心を(おぼ)えた。

「うん」

 わたしもおなじような笑顔を返す。

 よかった。
 なんだか話しやすそう。
 これなら友だちになれるかもしれない。



 安心して席に座ると、

「あのさ、これ。昨日落としてた」

 高野くんがわたしの机に静かにペンを置く。

「え、あ! 由乃のペン! でもどうして?」

 それはかわいいピンクのペンで、"yuno"と名前が書かれている。
 これはどこからどう見ても由乃のペンだ。
 なんで高野くんが持ってるの?
 でも、そんな疑問はすぐ解けた。

「……ぶつかったときに」

「あぁ! 高野くんだったんだ。
 あのとき急いでてほんとごめんね」

 咄嗟に謝る。

 気づかなかった。
 ぶつかったとき、相手の顔をしっかり見る余裕なんてなかったから、全然わからなかった。

 同級生、しかも隣の席のひととぶつかるなんて。
 そんな偶然もあるんだ、と驚く。

「葵が謝ることじゃないでしょ。じゃあ」

「え……」

 向こうの男子たちのほうへ歩いていく高野くんを見ながら、聞こえた言葉に耳を疑う。


 葵。たしかにそれはわたしの名前だ。
 でも、名前まだ教えてないのに。

 うーん、と考える。でも答えなんて出るはずない。
 もしかしたら、わたしの聞き間違いだったかもしれない。
 だから、これ以上は深く考えないようにした。