「美味しい。こういうの生きてるって実感する」
伊織はアイスを太陽にかざす。
こんなにうれしそうに、たのしそうにアイス食べる人はそうそういないと思う。
「大袈裟でしょ。ただ、アイス食べてるだけなのに?」
「それがいいじゃん!」
「え?」
伊織は少しの間黙って、そしてなにかを決意したように口を開く。
「……あのさ、ちょっと俺の話聴いてくれる?」
「もちろん!」
わたしは自分のことを話すよりだれかの話を聴いていたいタイプだから、喜んで聴く。
でも、伊織の次の一言でわたしの雀躍は砕け散った。
「俺、あの日痛いほど思い知らされたんだ」
あの日とはいつのことだろう。
伊織のほうを向くけど、伊織は下を向いていて、前もこっちも見ようとはしない。
だから、どんな表情してるのかもわからない。
「いまがこの瞬間がずっと続くわけじゃないこと。
昨日まで隣で笑ってた人が突然いなくなることだってなにも珍しいことじゃないのに、俺は……当たり前だと思ってた。その人に明日があることを。
その人に未来があることを当然のように思ってた」
少し苦しそうに話す伊織を見て思う。
だれかの話を聴いていたほうが楽だけど、こういう話になるとちょっと違ってくる。
なにか言わないとってなるから。
伊織が抱えているものはひどく重たいものだった。
わたしには想像もできないような大きな哀しみを抱えていたんだ。
同じ年数を生きているはずなのに、伊織には悲しい過去がある。
その事実を今日知ることになった。
伊織はたぶん大切なだれかを喪った。
その人はだれ? とか、なんでいなくなってしまったの? とか疑問はたくさん浮かぶのになぜだか口からはなにひとつ言葉が出てこない。
だから、わたしはひたすら伊織の話に耳を傾けていた。
「だから、俺、時々後悔で押しつぶされそうになるときがある。すごく哀しかった。
言いたいことなにも伝えてあげられなくて。たった二文字すら、言えなかった」
たった二文字。
口にするのにたった数秒しかかからないはず。
それさえも言えなかったなんて。
「みんなは俺のせいじゃないって言ってくれたけど、俺は自分に責任があったとしか思えなくて……。
俺はなにも護れなかった。救ってあげられなかった」
わかるよ。伊織の気持ち。
そう言ってあげられたらどんなにいいか。
でも、わたしはそんな気持ちになったことがない。だれかを喪う哀しみも辛さも後悔も当然わからない。
伊織は、わたしに"わかる"って共感を求めたくて話してるわけじゃないと思う。
だから、軽率に"わかる"を使わない。
「ごめんね、伊織」
変わりに出たのはあまりにもシンプルだった。
「え……」
いままで下を向いていた伊織が顔を上げて、わたしをきょとんとした顔で見つめる。
「わたし、なんて言えばいいかわからなくて……。
なにか言ってあげたいのに、伊織の哀しみとかを少しでも軽くしてあげたいのに。……なにもできなくて、ごめんね」
「……いや、葵が謝ることないよ。むしろ謝るのは俺のほう。
ごめん。ごめんな、葵」
なんで、そんなに真剣に謝るんだろう。
伊織がわたしに謝る必要なんてどこにもないはずなのに。
「俺が勝手に話してただけだから。葵はなにも言わなくていいから」
「……」
わたしはまたなにも言えなかった。
なにも言わなくていい、と言われたけどなにか言ってあげたかったのに。
「いまがずっと続くわけじゃないから、思ったことはちゃんと伝えないといけない。
その子から最期にそう教えられた」
その言葉を聴いて、わたしは伊織に教えられた。
"いま"ってずっとじゃないんだ。
そんな当たり前のこと、でも大切なことをわたしも頭から抜け落ちていた。
当たり前がなくなったときに気づくこともあるんだなと思う。