「桜にはね、不思議な力が宿ってるんだよ」

「またその話ー? もう聞き飽きたよ」

 昔の人からそう伝えられてきたらしく小さい頃から、よくおばあちゃんがわたしに話してくれた桜の妖精さんの話。
 どうせ、おとぎ話かなんかだと思うけど。

 はぁ、とため息をつくと、横で伊織が目を輝かせていた。


「それ詳しく! 教えてください」

「まぁ、きみも……」

 おばあちゃんがなにかを悟ったみたいに笑った。



「願いの強さによっては引き寄せることができる桜の妖精さん。
 おばあちゃんも、一度会ったことがあるんだよ」

 なにそれ。わたし、初耳なんですけど。
 いつもはそんなこと言ってないのに。
 おばあちゃん、桜の妖精さんになにを願ったんだろ。

 伊織は真剣な顔しておばあちゃんの話に耳を傾けている。

 わたしも妖精さんと会った話については少し興味がある。
 参考書を見てるふりをしながら耳をすました。

「おばあさんはなにを願ったんですか?」

「ふふ。なんだったかしらね。忘れちゃったわ」

 おばあちゃんの顔は変わらず、にこにこしている。

「でも、運命は変わらなかったんだよ。
 それはもう変えることができないものなのかもね」

 昔を思い出をなぞるように話すおばあちゃんはどこか哀しそうにも見えた。


「あの、もうひとつだけ教えてください」

「なんだい?」

「おばあさんはいまを後悔してませんか? 
 なにを願ったのかは知りませんが、結局運命は変えることはできなかったんですよね」

 伊織はなんでそんなことを訊くのだろう。
 疑問はあったけど、わたしも静かにおばあちゃんの答えを待つ。

「……するわけないじゃない」

 おばあちゃんはそう断言する。


「たしかに哀しいこと、事故みたいなことがあって、自分を責めたりもした。
 でも、いまが幸せで、あのときも幸せならいいって思えるようになったのよ」

 伊織はそれを聴いてほっとしたようなうれしそうな表情を見せた。


「どうか、あなたも自分のした選択に後悔だけはしないようにね」

「……はい」

 おばあちゃんはなんで伊織に忠告みたいなことをするのだろう。
 わからないことだらけだけど、わたしはなにも聞かなかった。
 おばあちゃんを困らせるようなことはしたくないから。