「ここでいい?」
「あ、うん。ありがと!」
図書室の机上に本を下ろす。
重たいものから解放されて肩の荷がスッと下りる。
伊織はすぐ帰ると思ったら、窓を開けて外を眺めていた。
だれかに手を振ってるから知り合いでもいたのだろう。
「だれかいるの?」
そう訊くと、「あそこ」と教えてくれる。
よく目を凝らして見てみると、松永くんがいる。
部活のメンバーでサッカーをしているみたいだ。
そういえば伊織もサッカー部じゃない? と思う。
「いいの? 練習しなくて」
「いいの。サッカーは家でも公園でもできるんだからいましかできないことをしないと」
いましかできないこと。
伊織のしたいことってなんなんだろう。
そんなことを考えていると、隣に伊織はいなくて、窓の近くの椅子に腰かけていた。
勉強とかするのかな?
だったら、邪魔しちゃいけない。
そう思い「じゃあ、また」と声をかける。
「え、座らないの?」
伊織はわたしのほうを見て少し慌てた顔をする。
「だって、いまからなにかするんでしょ?」
なにかはわからないけど、いましかできないことを。
「うん。葵と話す」
「……話すってなにを?」
声に少し焦燥感が混じる。
伊織は知らないと思うけど、わたしは話すのが好きじゃない。
もちろん、内容にもよるんだけど。
どうしよう。
少し困惑していると、伊織はそんなわたしに気づいて
「俺の質問に答えてくれるだけでいいからさ」
と机を軽く叩く。
だから座ってってことなのだろう。
質問に答えるだけなら。
そう思い、伊織の正面の椅子に腰かける。
なんだか面接みたいだ。
伊織はにこにこしていたけど、わたしはどんな話をするのだろうとドキドキでいっぱいだった。
「葵ってさ、図書委員とかじゃないよな」
「そうだよ」
よく先が見えない質問をされる。
図書委員かどうかを知りたかったの?
でも、そんなわけないよな、と自分に言いかける。
「じゃあ、なんで本運んでたの?」
「えっと……西森さんに頼まれて」
「そうだったんだ。押し付けられたとか?」
伊織の問いかけにドキッとする。
押し付けられたといえば、押し付けられたのかもしれない。
でも、西森さんがほんとに用事があるかなんてわたしにも伊織にもわからない。
「ちがう! 西森さん用事あるって言ってて、急いでたみたいだったからわたしが引き受けたの」
わたしの答えに満足していないのか伊織は少し微妙な顔をする。
「ねぇ、伊織はなにが知りたいの?」
「俺はただ……葵が」
わたしの名前を言いかけて、伊織の口が止まる。
わたしがなに? そう訊けなかったのは、伊織の顔が辛そうに見えたから。
わたしは少し黙って話を変えた。
「伊織ってどこから転校してきたの?」
話を変えたわたしにどこかほっとした様子。
よかった。
伊織がなんでわたしのこと知りたいのかは気になるけど、無理に聞こうとするのはちがう。
それから最終下校時刻まで伊織の前の学校の話や住んでいた場所の話をひたすら聴いていた。
わたしは彼の話に相槌を打ったり、笑ったりを繰り返してとても心地いい時間だった。