きみがくれた日常を



 "長所と短所"

「それぞれ配られた紙に書いてください」

 国語担当の先生から言われる。
 この質問は、色々な面接時に訊かれる定番の質問なので書けるようにしておくべきらしい。
 一年生だけどもう受験を意識させられる。

 それはわかってるけど、わたしが一番嫌いなお題だ。
 自分のことを書くことは好きじゃない。

 中学のころは、ひとりだけ全然思いつかなくて居残りさせられたっけ。
 それでたしか適当に書いて出した記憶がある。
 だから、なんて書いたかも思い出せないや。


 隣の伊織を見るとすらすらと紙の上にシャープペンを走らせている。
 伊織だけじゃない。周りのみんな書き始めている。
 なのに、わたしの紙は綺麗な白いまま。
 自分は空っぽだと改めて気づかされる。


 自分の短所なら思いつく。
 でも、短所はこうやって直す努力をしていますとかそれが長所になるように導きを書かなければならない。

 はぁ。自分のいいとこなんて思いつくわけない。

「葵、書かないの?」

 先生の目を盗んでコソッと声をかけてくれる。


「だって……わたし、いいところなんてないから」

 自分で言って悲しくなって下を向く。
 いつも他人に流されて、楽なほうに逃げようとするし、自分の意見をはっきり言えない……。
 次々と悪いところが思い浮かぶ。

「あるよ。葵は気づいてないだけで。
 葵のいいところはたくさんあるよ」

 そんな風に言ってくれると思わなくて、驚いて顔を上げる。
 なんでそんな風に断言できるのだろう。
 まだ出会って一ヶ月くらいしか経っていないのに。

「じゃあ、例えば?」

「まず優しいとこ。謙虚なとこ。人のために行動できるとこ。
 他人のことばっか考えて、自分のことは後回しのとこ。それから……」

 伊織は口は止まらなくてどんどん出てくる。
 なんで。そんなに出てくるの?

「……伊織はなんでそんなに」

「俺、見てるよ。葵がいつも自分より他人のためにがんばってるとこちゃんと見てるから」

 ふいにそんな言葉を言われてどんな顔したらいいのかわからなくなる。

「花壇の水やりとかごみ捨てとかみんながやらないようなことを進んで自分からできる葵はすごいよ。
 俺にはできないことだから尊敬する」

 ほんとに見ててくれたんだ。
 伊織の言葉が胸にたまっていく。

 だれも見てないと思ってた。
 いや、だれも見てないからこそわたしはやっていた。
 でも、見ててくれたことがたまらなくうれしい。
 そう思った。

 伊織は言葉でだれかを救える素敵な人だ。