だが、もしそうだと仮定するなら、決定的な矛盾が発生してしまう。

 それは、今この瞬間に、あの栞が本の中に挟まれていなければおかしい。

 なぜなら、本来ならば、今日が俺と先輩の会う最後の日だからだ。

 昔の俺の記憶に齟齬がなければ、もう先輩が俺の本に栞を挟む機会はなかった。強引な推理として、先輩が俺の家に侵入して本を奪い、栞を挟んで置いておいた、なんてことも理屈上は可能だろうが、そんな手間を取る人物ではないし、何より現実的じゃない。

 なので、やはり本来の時間軸であの栞を挟んだのが紗季先輩だとすると、既に過去の事例がほんの少しだけ変化したのではないだろうか?

 ただ、そう推理すると同時に、何故俺は、その栞の存在にもっと早く気づけなかったのかと、後悔が押し寄せてくる。

 自分のお気に入りの本だからといって、常に読んでいるという訳ではない。

 特に、この時期の夏休み中は、一人で自由気ままに過ごせる時間が多かったので、新しく買ってきた本などに手を伸ばしていたこともあって『人間失格』には手を付けていなかった。

 そして、紗季先輩が死んでしまったと、青野先生から連絡をもらったその日から、俺は本を読むのを辞めてしまった。

 太宰の作品だけでなく、本に触れようとするたびに、紗季先輩のことを思い出してしまうからだ。

 でも、俺はそんな本を捨てることもできずに、部屋の棚に『人間失格』を置いたままにしてあった。

 だが、そこである可能性が芽生えてくる。