翌日の放課後、「やあ少年」、「やあ少女」と挨拶を交わした押村さんに、「トイレ行ってから向かうから先行ってて」と言われた。そんな詳しい報告要らないよとこちらが恥ずかしくなっていると、「男子と連れションなんて行けないでしょう」と当然のように言うので、「女子がそんなこと言うんじゃありません!」と返して、おれは逃げるように教室を出た。押村さんの言葉の内容も、顔が真夏に運動した時のようにかあっと熱くなっているのも恥ずかしかった。そのどちらからも逃げたかった。

 中庭に出て天を仰ぐ。柔らかな水色の空に、犬はいない。ただ、そよ風を描いたような、さあっと流れるような薄い雲が、のんびりと浮かんでいた。

 ベンチを見れば、青園がひっそりと座っていた。ぼんやりとピロティを眺める目元に、愁いを抱えた光が見え隠れしていて、お疲れ、と言いかけた舌先と喉の震えを飲み込んだ。おれは押村さんではない。青園の抱えるものを包み込めるようなものは、多分持っていない。押村さんがくるのを待つか。いや、なんて無様な。

 おれはそっと息を吸い込んだ。それをそっと吐き出して、ベンチへ近づいていく。

 「お疲れ」と声を掛けると、青園は切れ長な真っ黒な目でこちらを見た。そっと表情を和らげて、「お疲れ様です」と答える。

 「押村先輩は?」

 「……後からくるって」また顔が熱くなりかけたけれど、自然に答えられた――と思う。

 「日直ですかね」と青園。ピロティの方を向き直った目には、やはり愁いを抱えた光がいたずらに顔を覗かせる。

 正解のわからない沈黙が流れる。守るべきか、破るべきか。

 ふと思い出して、おれは鞄を漁った。入っているプラスチックの袋に手を入れて、中身を一つ取り出す。

 「食べる?」と差し出してみると、青園は「ミルキーハーブだ」と声を上げた。伸ばした手を止めて「いいんですか?」と目だけで見上げてくる彼女へ、「まだいっぱいあるから」と答える。「やった」と控え目に喜んで、青園は「いただきます」と小袋に入った飴を受け取った。昼休み、喉の調子がなんとなくおかしくて、主に売店と呼ばれているコンビニで買ったのだ。

 ぱくっと飴玉を口に放る青園へ、おれは「よかったら」と、三つばかり新たに小袋を差し出した。「いいんですか?」と嬉しそうに言う彼女へ「全然」と頷く。「やった」と、無邪気に愛らしく笑う青園に、胸の奥へ柔らかな風に吹かれたような、心地よい温もりが灯る。自分の好きなものも、そういう表情も、ちゃんとわかってるじゃないか。忘れてしまったのなら、見失ってしまったのなら、こういうところから少しずつ思い出していけばいい、見つけていけばいい。

 押村さんを真似るように、大丈夫と、口の中で言ってみた。