階段から廊下に下りると、玄関に母の姿を見つけた。すでに外出着に着替え、履き口と踵の間に指を入れている。

 「ああ、おはよう」と慌ただしい声が飛んでくる。「もう出るから、戸締りよろしくね」と言い残して、母は玄関を飛び出していった。昨日、明日は早めに家を出なくてはいけないと話していたのを思い出す。がちゃがちゃと玄関の鍵を閉める音がして、すぐに車の鍵が開く音が続いた。

 さらに続いたドアが開閉する音、エンジンがかかる音を聞きながら、おれはリビングに入った。家から会社までが遠いので、父もすでに出かけている。

 おれは台所に入って、炊飯器を確認した。一時間の保温がされている。さてどうしようか、と顎を触る。ふりかけやお茶漬けで済ませるか、簡単におかずを作るか。

 冷蔵庫を開くと、真ん中のトレイの手前にベーコンが入っていた。消費期限は今日になっている。今夜にでも使う予定なのだろうかと思ったけれど、他のトレイには十分に夕飯が作れる食材が入っていた。

 卵とベーコン、味噌玉を取り出して、扉を閉めた。ベーコンは使うようであれば買いに行こう。

 やかんに水を入れ、火にかける。その横で油を引いたフライパンを温める。適当に温まったところでベーコンを焼いて卵を落とし、少量の水を加えて蓋をする。お湯が沸けたので、味噌玉を入れたお椀に注ぐ。適量の味噌に味噌汁の具を包んだ、手作りの即席味噌汁。

乾物のように長時間加熱する必要のない具なら、包むだけで作れる。根菜のように固いものを使う場合は、包む前に加熱して冷ます。いつか料理本に載っているのを読んで、気になって作ってみた。それはもちろん、鍋で作る具沢山の味噌汁の方が“食べている”という感覚はあるものの、朝にさっと食べるのなら大満足だ。

 フライパンの蓋を開けて、目玉焼きをプレートに移す。

 汁椀とプレートをダイニングテーブルに置いて、冷蔵庫に納豆のパックがあったのを思い出した。期限が近ければパクってこようと考えながら、台所へ戻る。確認すれば、納豆のパックに刻まれた日付は昨日のものだった。近いというか、通過している。迷わず、パックを作業台に置いた。

 茶碗にごはんをよそい、炊飯器の電源を切って、納豆のパックと箸と一緒にリビングへ戻る。

 席に着いて、手を合わせる。――いただきます。