放課後、階段を下りていても、廊下を歩いていても、中庭に出ても、綸に、静に会わなかった。

 昨日、最後に押村さんと抱き合って泣いていたのが本当の綸なのだろう。彼女が帰ってきたということは、もしかしたら、もう静には会えないのかもしれない。ああ嫌だな、と思う自分を見つけると、視界が重たく滲んだ。静とは、まだやりたいことがある。もしも本当に会えなくなってしまったら、あの日の静と一緒に旅をするつもりだ。あの言葉に嘘はない。けれど正直なところ、静自身と一緒に旅をしたい。あと一年であれもっと先であれ、学生生活を終えて、その日のその瞬間に笑い話す静と、一緒に。そんな静に、破綻しないように見守っていてほしい。

 押村さんの隣に、腰を下ろした。

 「……綸、いないね」

 「本当」と押村さんは小さく笑う。「よっぽど怒ってるみたい」と。

 「本当の綸って、押村さんと抱き合ってた時みたいなの?」

 「そうだよ。でも、私が知ってる綸はもっと静かだった。本当に喋らないんだよ。だから苦しいんだろうけどね。だから、あんな風にいろいろ言ってくれて、私は嬉しかった」

 「……そっか」

 「高野といる時の綸は、どんな感じなの?」

 「……え?」

 いつのことを言っているのだろう。普段、ここで話している時のことだろうか。違う、ここで一緒に話しているのは静だと心の中で言い訳して、おれは「普通の女の子だよ」と答えた。押村さんは優しく笑う。「そっか」と。

 「そうだよね。綸って、普通の女の子なんだよ。なにも特別じゃない、どこにでもいる普通の女の子」

 「うん。なにも特別なんかじゃない」

 綸だって、静だって。きっと、あの日の少女だって、昨日の“俺”だって。

 「それを否定するなんて、酷いことしたな」

 「……高野が?」

 「昨日。そうだよ、彼は……壊れてたんだ。壊れてないと信じたかったんだ。それを、おれは否定した」

 「……彼?」

 「昨日、“俺”って言ってた。彼は男の子なんじゃないのかな」

 「どう……だろうね……。私は、綸だと思ったけど。ああいう、綸。綸の、ほんの一部」

 「ああ、そうか」

 なんだか、すっきりした。彼も彼女も夜久綸の一部であると考えているのは、おれだけではなかったのだ。

 「……実際には、どうなんだろうね」

 「それは、私たちにはわからないよ。わかるのは、綸だけ。……いや、高野の言葉を借りるなら、綸――たち?」

 おれは「そうだね」と頷いた。「おれたちには、わからない。いや、わかれない」

 「私が高野のことがわからないようにね」

 「そうだね」

 「綸は、なにも特別じゃないから」

 「おれが押村さんのことがわからないように」

 そうだ。おれは改めて、綸を、静の生きる“世界”を、理解しようなどと考えなくてよかったのだ。

 「ああ……会いたいな」

 それを踏まえた上で、静に。