中身を一口飲んで、グラスをテーブルに置くと、静は「ごめんね」と呟いた。

 「いきなり変なこと言って」

 「全然。最近、家での時間が長く感じるから」

 「楽しいんだ?」と静は顔を上げずにおれを見た。その様が愛らしい少女でしかないのは、静にとっては決して嬉しくないのだろう。彼は少年なのだ。本当のところは、この制服にも違和感があるだろう。

 「明美って不思議な人だよね」

 「本当に」とおれは頷く。

 「高野山君と似てる」と静は言った。「笑っちゃうくらい優しい」

 「いや、おれは優しくなんて……」

 「優しいかどうかを決めるのは、高野山君じゃないよ。その周りの人だ。誰かが高野山君から受け取ったものに優しさを感じれば、その人にとって、君は優しい人なんだよ」

 「……なんか照れくさいな……」本当に誰かが決めるのなら、それを否定するのもおかしな話だし、こうして受け取るしかないのだろう。

 「でも、ちょっと嬉しい」

 おれは押村さんに憧れのようなものを感じていた。ああ、彼女こそが優しい人だと思った。あんな風になりたいと思った。助けられないことなど考えず、手を差し伸べ、寄り添える、そんな人になりたいと思った。

 「静に、敢えて厄介な形を取るって言われたのも、嬉しかった」

 「へえ?」

 「そんな風になりたいと思ってたんだ」

 「明美みたいに」

 ぎくりとすると、彼は笑った。「図星だ」と。

 「まあ確かに、明美は優しいと思うよ。じゃなきゃ、親戚の中で浮いたおれのそばにいてくれながら、それを悔いたりしない。青園さんを部員もどきにしたのも、それが理由なんでしょ?」

 「……多分」

 「本当、変な人だよ。どうせあんな調子じゃあ、それが罪滅ぼしになるとも思ってないんでしょう」

 「だろうね」

 「そんな人がいたかと思えば、手を付けられないほど拗らせた人もいる。世の中、ちゃんと釣り合いが取れてるもんなんだね」

 「押村さんみたいなのは珍しいと思うけどね」と笑うと、静は「おれはそんな人を他にも知ってる」と、まじめな目でおれを見た。おれはなんとか、「ばか」と声を絞り出す。

 「こんな幸せな気持ちでいるのがばかなら、おれは一生ばかでいたいよ」と、静は明るく言った。「最高の気分だ」と。