◇
ノアの案内で街を歩くアリアは、浮かない顔をしている。
「この街には興味ないですか?」
ノアに言われ、アリアは顔を上げる。
賑やかに見えていた街が、薄暗い。
崩壊しつつある壁。
裸足で歩き回る子供たち。
少し前までに見ていた景色が、夢のようだ。
「ここは……?」
「ルイスさんの家があるところです」
それは聞いていいことなのかという考えがよぎり、アリアは反応に戸惑う。
それと同時に、ルイスという人物に興味が湧いた。
野宿に等しい場所で過ごし、傷だらけで、魔法使いを殺そうとするあの人は、一体何者なのか。
一度気になると、聞かずにはいられない。
「あの人はなにをしている人なんだ?」
「魔獣の討伐です」
予想外ではあるが、あの姿から想像するのは難しくなかった。
「どうしてそんな危険なことを」
「命懸けの仕事は金銭的価値が高いですから」
それは遠回しに、ルイスがお金を必要としていることを言っていた。
ノアの暴露率の高さに甘え、アリアは質問を重ねることにした。
「魔獣討伐の依頼は、どうやって受けているんだ?」
「まあ、いろいろなところから受けられますが、メインはリリさんからです。あそこは酒場であり、情報提供場でもありますから」
自分よりも幼い子が得ている情報量に、驚きを隠せない。
「ルイスさんは数年前からリリさんから依頼を受け、魔獣を討伐する。そしてお金を得て」
「お喋りがすぎるんじゃねえの、ノア」
ノアの言葉を遮った声は、頭上から聞こえてきた。
見上げると、ルイスが器用に木の枝に寝転がっている。
退屈そうに、欠伸を一つ。
「ルイスさん、リリさんが怒ってましたよ。買い出しの途中にいなくなるのは、やめてください」
下から聞こえてくるノアの小言に、ルイスは鼻で笑う。
「話を逸らしたつもりか?」
ノアは意地の悪い言葉に負けそうになるが、反論の言葉を探す。
「ルイスさんはエマさんの護衛を頼まれたじゃないですか。これは仕事放棄で、報酬なしですよ。まったく、この仕事の理由を忘れたとは言わせませんからね」
「面倒なんだよ、子守りは。そこの女騎士サマにお願いすればいいだろ」
ノアの視線はアリアに向くが、アリアはそれから逃げた。
ノアは次の言葉が頭に浮かぶ。
しかしそれはアリアを傷つけてしまうもので、ルイスに対して言い返すことができなかった。
「……頼む。私の代わりに、エマを守ってくれ」
頭を下げるアリアが面白くなかった。
ルイスは木から飛び降りる。
静かに着地し、アリアはルイスの身軽さに驚く。
立ち上がったルイスは、ただ不満そうに見える。
「いつまでもエマを守るべき存在と思ってんじゃねえよ。ある程度自分の足で立たせ、歩かせないと、エマはずっと一人で生きていけない」
それでも私は、エマを守ってほしいと師匠と約束したんだ。
その言葉は、飲み込まれた。
アリアは、ルイスが正しいと思った。
「エマは今、一人で立ち上がろうとしている。前を向こうとしている。だからアンタはエマの前に立つべきじゃない。後ろに立ち、倒れないように背中を支えるんだ」
ふと、ルイスの表情に後悔が滲み出ていることに気付いた。
この言葉に妙に説得力があるのは、ルイスの実体験だからかもしれない。
アリアは根拠もなく、そう感じた。
「……だとしても、いつ魔法使い狩りの対象になるかわからないんだ。そっちこそ、エマが捕まるのは困るだろ?」
ルイスは舌打ちを返す。
「私は今、エマに避けられているから。あんたが付いててくれ。頼む」
アリアはもう一度、頭を下げる。
「国からは守ってやる。だが、それ以外は知らない。エマが傷付こうが泣こうが、俺は関わらない」
それでいい。
とてもではないが、そんなことは言えなかった。
「ルイスさん、どうしてそんな酷いことを言うんですか。エマさんは大切な人を失ったばかりなのに」
ノアの案内で街を歩くアリアは、浮かない顔をしている。
「この街には興味ないですか?」
ノアに言われ、アリアは顔を上げる。
賑やかに見えていた街が、薄暗い。
崩壊しつつある壁。
裸足で歩き回る子供たち。
少し前までに見ていた景色が、夢のようだ。
「ここは……?」
「ルイスさんの家があるところです」
それは聞いていいことなのかという考えがよぎり、アリアは反応に戸惑う。
それと同時に、ルイスという人物に興味が湧いた。
野宿に等しい場所で過ごし、傷だらけで、魔法使いを殺そうとするあの人は、一体何者なのか。
一度気になると、聞かずにはいられない。
「あの人はなにをしている人なんだ?」
「魔獣の討伐です」
予想外ではあるが、あの姿から想像するのは難しくなかった。
「どうしてそんな危険なことを」
「命懸けの仕事は金銭的価値が高いですから」
それは遠回しに、ルイスがお金を必要としていることを言っていた。
ノアの暴露率の高さに甘え、アリアは質問を重ねることにした。
「魔獣討伐の依頼は、どうやって受けているんだ?」
「まあ、いろいろなところから受けられますが、メインはリリさんからです。あそこは酒場であり、情報提供場でもありますから」
自分よりも幼い子が得ている情報量に、驚きを隠せない。
「ルイスさんは数年前からリリさんから依頼を受け、魔獣を討伐する。そしてお金を得て」
「お喋りがすぎるんじゃねえの、ノア」
ノアの言葉を遮った声は、頭上から聞こえてきた。
見上げると、ルイスが器用に木の枝に寝転がっている。
退屈そうに、欠伸を一つ。
「ルイスさん、リリさんが怒ってましたよ。買い出しの途中にいなくなるのは、やめてください」
下から聞こえてくるノアの小言に、ルイスは鼻で笑う。
「話を逸らしたつもりか?」
ノアは意地の悪い言葉に負けそうになるが、反論の言葉を探す。
「ルイスさんはエマさんの護衛を頼まれたじゃないですか。これは仕事放棄で、報酬なしですよ。まったく、この仕事の理由を忘れたとは言わせませんからね」
「面倒なんだよ、子守りは。そこの女騎士サマにお願いすればいいだろ」
ノアの視線はアリアに向くが、アリアはそれから逃げた。
ノアは次の言葉が頭に浮かぶ。
しかしそれはアリアを傷つけてしまうもので、ルイスに対して言い返すことができなかった。
「……頼む。私の代わりに、エマを守ってくれ」
頭を下げるアリアが面白くなかった。
ルイスは木から飛び降りる。
静かに着地し、アリアはルイスの身軽さに驚く。
立ち上がったルイスは、ただ不満そうに見える。
「いつまでもエマを守るべき存在と思ってんじゃねえよ。ある程度自分の足で立たせ、歩かせないと、エマはずっと一人で生きていけない」
それでも私は、エマを守ってほしいと師匠と約束したんだ。
その言葉は、飲み込まれた。
アリアは、ルイスが正しいと思った。
「エマは今、一人で立ち上がろうとしている。前を向こうとしている。だからアンタはエマの前に立つべきじゃない。後ろに立ち、倒れないように背中を支えるんだ」
ふと、ルイスの表情に後悔が滲み出ていることに気付いた。
この言葉に妙に説得力があるのは、ルイスの実体験だからかもしれない。
アリアは根拠もなく、そう感じた。
「……だとしても、いつ魔法使い狩りの対象になるかわからないんだ。そっちこそ、エマが捕まるのは困るだろ?」
ルイスは舌打ちを返す。
「私は今、エマに避けられているから。あんたが付いててくれ。頼む」
アリアはもう一度、頭を下げる。
「国からは守ってやる。だが、それ以外は知らない。エマが傷付こうが泣こうが、俺は関わらない」
それでいい。
とてもではないが、そんなことは言えなかった。
「ルイスさん、どうしてそんな酷いことを言うんですか。エマさんは大切な人を失ったばかりなのに」