ノアの案内で街を歩くアリアは、浮かない顔をしている。

「この街には興味ないですか?」

 ノアに言われ、アリアは顔を上げる。

 賑やかに見えていた街が、薄暗い。

 崩壊しつつある壁。
 裸足で歩き回る子供たち。

 少し前までに見ていた景色が、夢のようだ。

「ここは……?」
「ルイスさんの家があるところです」

 それは聞いていいことなのかという考えがよぎり、アリアは反応に戸惑う。

 それと同時に、ルイスという人物に興味が湧いた。

 野宿に等しい場所で過ごし、傷だらけで、魔法使いを殺そうとするあの人は、一体何者なのか。

 一度気になると、聞かずにはいられない。

「あの人はなにをしている人なんだ?」
「魔獣の討伐です」

 予想外ではあるが、あの姿から想像するのは難しくなかった。

「どうしてそんな危険なことを」
「命懸けの仕事は金銭的価値が高いですから」

 それは遠回しに、ルイスがお金を必要としていることを言っていた。

 ノアの暴露率の高さに甘え、アリアは質問を重ねることにした。

「魔獣討伐の依頼は、どうやって受けているんだ?」
「まあ、いろいろなところから受けられますが、メインはリリさんからです。あそこは酒場であり、情報提供場でもありますから」

 自分よりも幼い子が得ている情報量に、驚きを隠せない。

「ルイスさんは数年前からリリさんから依頼を受け、魔獣を討伐する。そしてお金を得て」
「お喋りがすぎるんじゃねえの、ノア」

 ノアの言葉を遮った声は、頭上から聞こえてきた。

 見上げると、ルイスが器用に木の枝に寝転がっている。

 退屈そうに、欠伸を一つ。

「ルイスさん、リリさんが怒ってましたよ。買い出しの途中にいなくなるのは、やめてください」

 下から聞こえてくるノアの小言に、ルイスは鼻で笑う。

「話を逸らしたつもりか?」

 ノアは意地の悪い言葉に負けそうになるが、反論の言葉を探す。

「ルイスさんはエマさんの護衛を頼まれたじゃないですか。これは仕事放棄で、報酬なしですよ。まったく、この仕事の理由を忘れたとは言わせませんからね」
「面倒なんだよ、子守りは。そこの女騎士サマにお願いすればいいだろ」

 ノアの視線はアリアに向くが、アリアはそれから逃げた。

 ノアは次の言葉が頭に浮かぶ。

 しかしそれはアリアを傷つけてしまうもので、ルイスに対して言い返すことができなかった。

「……頼む。私の代わりに、エマを守ってくれ」

 頭を下げるアリアが面白くなかった。

 ルイスは木から飛び降りる。
 静かに着地し、アリアはルイスの身軽さに驚く。

 立ち上がったルイスは、ただ不満そうに見える。

「いつまでもエマを守るべき存在と思ってんじゃねえよ。ある程度自分の足で立たせ、歩かせないと、エマはずっと一人で生きていけない」

 それでも私は、エマを守ってほしいと師匠と約束したんだ。

 その言葉は、飲み込まれた。

 アリアは、ルイスが正しいと思った。

「エマは今、一人で立ち上がろうとしている。前を向こうとしている。だからアンタはエマの前に立つべきじゃない。後ろに立ち、倒れないように背中を支えるんだ」

 ふと、ルイスの表情に後悔が滲み出ていることに気付いた。

 この言葉に妙に説得力があるのは、ルイスの実体験だからかもしれない。

 アリアは根拠もなく、そう感じた。

「……だとしても、いつ魔法使い狩りの対象になるかわからないんだ。そっちこそ、エマが捕まるのは困るだろ?」

 ルイスは舌打ちを返す。

「私は今、エマに避けられているから。あんたが付いててくれ。頼む」

 アリアはもう一度、頭を下げる。

「国からは守ってやる。だが、それ以外は知らない。エマが傷付こうが泣こうが、俺は関わらない」

 それでいい。

 とてもではないが、そんなことは言えなかった。

「ルイスさん、どうしてそんな酷いことを言うんですか。エマさんは大切な人を失ったばかりなのに」