「そういうわけで、俺は嘘をついてレイラを奪っていったライアンを殺したいってこと」
ルイスがそう締めくくると、店内は静寂に支配される。
一通り知っているリリでさえ、言葉が出ない。
『……過保護にしたところで、メリットなんてないんだよ』
アリアは、昼間のルイスの言葉を思い出した。
今の話を聞いて、腑に落ちた。
ルイスはレイラのことを大切に、大切にしていたからこそ、大事なことを見落としてしまった。
あれは、後悔が生み出した表情だったのだ。
「でもまあ、いくら俺がアイツを殺したいと思ったところで、剣では魔法には勝てない。だから、どうしても魔法の力がほしいんだよ」
そう語りながら、ルイスはエマを見た。
エマには迷いが生じて、つい視線を逸らしてしまった。
復讐をしたいと言いながらも、説得すれば、ルイスの考えを変えられると思っていたから。
だから、協力を申し出ていた。
しかし、レイラの話を聞いて、そんな生易しい感情ではないことを理解した。
大切な人の命を奪われて、どんな気持ちになるのかは、エマだってよく知っている。
そして、その感情に支配されてしまうことが、どれだけ苦しいのかも。
これは、本当に覚悟を決めなければならないときだ。
ルイスの復讐に手を貸すのか、否か。
誰も傷付けないなんて、不可能なのだ。
「……役には立たないかもしれないけど、全力は尽くす」
エマの声は強かった。
初めに手を貸すと言ったときも強い意志を感じたけれど、それよりも数段も強い。
ルイスもアリアも、エマが戦うことを理解したのだと察した。
「エマ……大丈夫? 無理、してない?」
アリアはエマの様子を伺うように言った。
「してないよ、アリア姉」
気まずかった空気は、いつの間にか消えていた。
エマにとって、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「やっぱり人を傷付けることはしたくないけど、でも、貴方の苦しみはわかるから。私にできることがあるなら、協力したい」
アリアはやはり、エマには危険な目に遭ってほしくなかったが、ルイスの話を聞いてからは言えなかった。
アリアもまた、ルイスに協力したいと思っていた。
少しだけすれ違っていた思いは今、一つになった。
だからこそ、ルイスはこれでいいのだろうか、と思った。
エマと出会ったときは、確かに、自分のことしか考えていなかった。
国にも見つかっていない魔法使いに力を借りれば、復讐ができる。
ただ、それだけを。
だが、ここで徐々に明るさを取り戻して、前を向くエマを見て、迷いが生じていた。
これほどに純粋な子を、殺伐とした復讐に巻き込んでもいいのか、と。
魂すら抜けていたエマが笑う姿は、レイラに重なった。
自分を心配しているエマも。
まるで妹のような存在になりつつあるエマに、本当に手を貸してもらってもいいのだろううか。
「どうしたの?」
ルイスが反応しないから、エマは不思議そうにルイスに声をかける。
「いや……」
「少し、考える時間が必要なのかもしれないね」
ルイスの戸惑いの声に、リリが続けた。
ルイスがリリを見ると、リリは小さく微笑むだけ。
長い付き合いだから、リリにはルイスの葛藤が伝わっていたらしい。
「どうして? 私は、もう」
「落ち着きな、エマ。もう少ししっかり考えるんだ」
考えて答えを出したことに対してそう言われてしまえば、エマだって面白くない。
その不服な感情は、表情に現れる。
「エマがライアンと同等レベルで魔法が使えるようになるということがどういうことか、ちゃんとわかっているのかい?」
エマは首を傾げる。
「そうか……その魔法使いと対峙する前に、国に見つかる」
「そういうこと」
アリアが気付いて言うと、全員、黙ってしまった。
エマが魔法を使えるようになり、ライアンと対峙する前に特訓しても、国に邪魔されない得策が、誰も思い浮かばない。
エマは、リリが考える時間が必要だと言った理由を、理解した。
「……そうか」
すると、ルイスが独り言ちるように呟いた。
全員、ルイスのほうを見る。
「魔法使い狩りを辞めさせればいいのか。そうすればエマが魔法を使えるようになっても問題はない。なにより、国が先にライアンを殺すこともなくなる」
「ちょっと待って」
最善策を見つけたと一人納得しているルイス話を遮ったのは、アリアだ。
「お前、自分がなにを言っているのか、わかってるのか?」
「当たり前だろ」
なにをバカなことを言っているんだと言わんばかりの表情だ。
アリアは自分が間違っているような気になる。
「そんなこと、できるの?」
国が決めたことには逆らえないと思っているエマは、ルイスが自信ありげに言ったことが不思議でならなかった。
「魔法使いがいなくなったことで、どれだけの被害が出ているのかを伝えてみる。街でも、魔法使いがいなくなったことで困ってる奴らがいたし」
ルイスは真剣な面持ちで言う。
だが、若干の不安が滲んでいるようにも感じる。
それもそのはずで、これは一種の賭けともいえるだろう。
伝えたところで、思惑通りに事が運ぶ保証がないのだから。
「ただ、これは国が決めたことに対して、堂々と文句を言いにいくことになる。つまり、国に喧嘩を売るってことだ。最悪、首が吹っ飛ぶ可能性がある」
「そんな……」
「でもまあ、王城に行くのは俺だけだし、エマに被害が及ぶことはない。安心してリリのところで働いてな」
そう言われても、納得できるわけがなかった。
もう、ルイス一人の話ではなくなったはずなのに、巻き込まれる覚悟を決めたのに、ルイスはまだ自分を巻き込もうとはしない。
自分を安全な場所に置こうとしているような気がした。
自分にもできることがあるのなら、なんでもする。
そう言いたいけれど、現状、力不足であることはエマ自信が一番よくわかっている。
だからこそ、黙って受け入れるしかなかった。
「……また、お得意の自己犠牲か?」
エマの葛藤が伝わったのか、アリアがそう言った。
「まさか。ここで下手打って、俺が死ぬとか本末転倒もいいところだろ。俺は、先に進むために、一人で喧嘩を売りに行くんだ」
ルイスの瞳には、希望が宿っている。
少し前のルイスとは違うのかもしれない。
そう感じたアリアは、それ以上の苦言は飲み込んだ。
◇
ルイスが国に喧嘩を売ると決めて、一週間が経ったが、状況はなにも変わっていなかった。
「あの、リリさん……ルイスさんはどうやって、国と話をするつもりなの……?」
店で朝兼昼ご飯を食べながら、エマは不安そうに言った。
あの日の会話が絵空事になっているような気がしてきたのだ。
「平民は簡単に王城に足を踏み入れられないってのは知ってるかい?」
エマは首を横に振る。
「許可なしで入れば、問答無用で牢屋行きですよね」
答えたのはアリア。
「そう。だから、それはできない。じゃあどうするか。国からの招待を待つしかない」
「招待?」
「ああ、きっとそろそろ」
リリが言う途中で、扉が開いた。
入って来たのはテオだ。
いつもよりも凛々しい表情で、そこにいる。
「おかえり、テオ。どうだった?」
「魔獣討伐に向けて、平民からの戦士募集が始まったそうです」
テオが一枚の紙を差し出しながら言うと、リリはにんまりと笑った。
まるでそれを待っていたと言わんばかりの表情だ。
「まさか、それに参加するってこと……?」
「そう。まあ、国からの要請がかかるってことは相当強い敵だろうけど、その辺は上手くやるだろうね」
リリはルイスに対して絶対的な信頼を置いているが、エマはそうではなかった。
エマはまだ、ルイスがどれだけ強いのかを知らない。
どうしたって良くない想像をしてしまう。
「私も行ってくる」
アリアが立ち上がると、その不安な表情はアリアに向けられた。
エマはアリアの手を掴んで引き留める。
「大丈夫。絶対に戻ってくるから」
そんなエマを安心させるように笑って見せるが、エマを撫でるために挙げられたアリアの手は震えていた。
それを悟られないように、アリアはそっとエマの手から逃げる。
アリアに言われても、納得していないのは明らかだった。
店の奥に隠しておいた剣を取ると、アリアはそのまま扉に向かう。
「アリア姉……」
行かないで。
その言葉は、音にはならなかった。
アリアを引き留めたら、今度はルイスが深手を負って帰ってくるかもしれない。
最悪の事態だって考えられる。
それは、アリアがいれば防げるかもしれない事態。
だけど、それがわかっていても、アリアを失いたくない思いが強くて、どうしても引き留めたくなる。
アリアにもその葛藤は伝わってきて、決心が鈍りそうだ。
「……アリアさん」
そんな二人の空気に割って入ったのは、テオ。
さっきまでの凛々しさはどこかに行ってしまったようで、扉の前で俯いている。
「ルイスさんを、お願いします。あの人は、簡単に無茶をしてしまうから……!」
顔を上げたテオは、無力であることに対して悔しさをにじませ、今にも涙を落としそうだ。
テオのその様子を見て、エマは引き留める言葉が言えなくなった。
「……アリア姉、気を付けてね」
エマにできるのは、アリアを信じて待つことだけ。
そう感じたエマは、不安をしまい込んで言った。
エマに背中を押されて、ようやくアリアは自信を持った顔になった。
「行ってくるね、エマ」
エマはアリアに抱き着いて応えた。
そしてアリアが店を出ると、エマの頬には涙が流れた。
しかしそれをすぐに拭い、振り返る。
「リリさん、アリア姉たちが帰ってくるまでに、治療魔法を修得できるかな」
今の自分にできることを考えて導かれた答えがそれだった。
「どうだろう……まずはマチルダの魔法の効果が切れないといけない。そして、その特訓をしなきゃいけない。そこまですれば、できるだろうね。でも今は、特訓は避けるべきだ」
「どうして?」
てっきり応援されると思っていたエマは、動揺している。
無力のままではないのだと、内心喜んでいたからこそ、止められたことが納得いかなかった。
「まだ、魔法使い狩りが終わっていないからですよ」
テオが代わりに答えると、エマは理解した。
今、魔法が使えるようになると、今からの計画が水の泡になってしまう。
結局なにもできないのだという事実に、エマは項垂れる。
「美味しい料理と温かい寝床を用意して、二人を待っていよう」
リリが言うと、エマは落ち込んだ表情のまま頷いた。